テーマ:小説

「障子貼り」後編

 次の日のことです。  前の晩に霧を吹いておいた障子がすっかり乾いていました。  それを見て、わたしは『勝った』と思っていたおかあさんに『負けた』と思いました。  なぜなら、わたしの貼ったところは、シワがよったり、糊が剥がれたりしているのに、おかあさんのは全部きれいだったからです。   あの敗北宣言はおかあさんの…
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「障子貼り」中編

「まず糊を煮ます。  鍋に、ひとつかみのご飯と、たくさんの水を入れてから火にかけます。粘りがでるまで気長に煮ました。時々焦げないように木ベラで鍋底をこそげなくてはなりません。  おかあさんは、洗濯物を干したり、お隣に回覧板を届けたり、何度もキッチンからいなくなるので、その間はわたしがその役目をしました。  出来上がった…
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「障子貼り」前編

 おつかいから帰ったおかあさんを待ち構えて虹子が言いました。 「ねえねえ。おかあさん。聞いて聞いて」 「帰るそうそうなんなの。あとにして頂戴。先にお肉をしまわないと悪くなっちゃう」 「今日ね。みんなの前で作文を読んだよ」 「あら。なんの作文?」  スーパーの袋から買ってきたものを取り出す手を休めておかあさん…
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「ソニー通りのジングル・ベル」X’mas短編競作企画参加作品

 二学期の終業式まじかのことです。珍しく東京にみぞれが降りました。  御殿森小学校の二年一組の教室は朝から賑やかでした。賑やかといっても、少子化のあおりをうけた一学年一クラスの二十人とちょっとの学級です。  浮かれた気分はみぞれのせいと、その日の三四時限目をつかったお楽しみ会にありました。お楽しみ会といってもクリスマス会のような…
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「毘沙門天AFFECTION」24

 西と聞いた長尾さんが月を振り仰いだ。  その空に、迂回しながら確実に近づくサイレンがあった。 「おまわりさん! あの子、刀を持ってますよ!」  長尾さんの肩から突き出たシルエットに、金切り声が上がった。見たらパンチパーマのおばさんだ。おばさんの指が長尾さんを指している。 「銃刀法違反なんじゃないんですか!」おば…
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「毘沙門天AFFECTION」23

「修ちゃん。ここで何してる?」 「おまえこそ何してる?」  修ちゃんが馬のケツを見ながら言った。  さっきまで跳ねて上げていた馬の尻尾は、ふんわりとケツに落ちていて、糞の出口をすっかり塞いでいる。 「何って。ここ、俺んちの近くなんだ」 「へえ。そうなんだ。オレはあれよ。流してたら、轢(ひ)かれそうな馬がいて」 …
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「クリスマス・ラーメン」

 待ち合わせのロータリーはすごい混雑だった。  無理もない。渋谷だ。クリスマス・イブのモアイ像は人の海を見ている。  風にさらされて、とっくに凍った。わたしの彼はまだ来ない。いつものことだ。  きゃっ、横にいた女の子が嬌声を上げた。流行のショートパンツにカラフルなレギンスを合わせている。彼女が駆け寄ったのは、B系ファッ…
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「毘沙門天AFFECTION」22

「あーっ!  おまえかあ! 確か日本代表の……」 「うん」胸を反らせた俺が、名前を思い出してくれるのを待った。 「中澤っ!」 「そー!」 「うわ、でっけっ(デカイ)。全然わかんなかった」 「俺も。修ちゃん、髪型変えたんだ」 「おう。こうすっと、阿修羅みたいだんべ」  入院中に修ちゃんは、何度も俺…
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「毘沙門天AFFECTION」21

 その夜、面会時間のぎりぎりになって修ちゃんのところに来たのは、コンビニの袋を提げた小さな爺さんだった。    ちょうど俺らがサッカーの話をしているときだった。  話の途中で、修ちゃんは、彼の身寄りはこの爺さんだけで、二人で町工場をやってると言った。 「あ、どうも」  爺さんが袋から肉まんをひとつ出して俺にくれた。…
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「毘沙門天AFFECTION」20

 修ちゃんと知り合ったのは去年の春だ。  大人ばかりの入院病棟、空腹でたそがれる俺に隣のベッドから声が掛かった。 「すげーな。その青タン。ケンカ?」  俺の眼帯からはみでた痣(あざ)を面白がって、修ちゃんが言った。 「ち、違います。体育の授業で怪我したんです」 「またまたぁ。言えよ。ほんとのこと」 「…
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「毘沙門天AFFECTION」19

「何したよっ?!」   幟旗(のぼりばた)を揺らした男が怒鳴った。背に差した旗には、《銀輪部隊 阿修羅》  その男はチビ。そのチビより少しだけ大きな二人が、チビの突き出した金属バットにかたまっている。  一人は八重歯で一人はメガネ君だ。二人の小豆色のスクールジャージは、隣の中学校のもののように見える。 「ななな何って…
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「毘沙門天AFFECTION」18

 新兵衛が手綱を離した。  馬の首が勢いよく跳ね上がって、長尾さんの上体が大きく反った。戻しかけるアンバランスな姿勢のまま、なんと器用なことに、彼女は手綱をさばき直した。  青鹿毛がヒヒンと啼(な)いた。  その瞬間、寒空に立つ馬と、馬上の乱れたツインテールが切り絵になった。  いつだったか、爺ちゃんに連れられて…
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「毘沙門天AFFECTION」17

【今までのあらすじ】 「だって、おまえ、女じゃんか!」長尾景虎(後の上杉謙信)を名乗る少女に、中学3年の幸四郎は半信半疑。幸四郎、彼女、彼女が従える忍者の新兵衛、信じやすい幸四郎の姉の心(こころ)は、夜の第一京浜に黒毛馬を見た。時代チックな二人が馬に取った行動に、幸四郎も彼らを認めないわけにいかなくなってくる。  長尾さんが…
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「おばあさんのミシン」後編

 チクチクチク……  チクチクチク……  チクチクチク……  漕いでないのに目の前の針が上下します。  不思議に思った香澄が顎を引いて足元を見ます。  ペダルに乗せた3つの裸足(はだし)。一番左端はおかあさんです。立っているおかあさんの右足が香澄の横に並んでいます。3つはそっくりでした。甲高で、親指側に倒れ…
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「おばあさんのミシン」中編

 あれは戦争が終わって何年もしてないわ、庭のところどころのヤブカンゾウに、おばあさんは話し始めました。 「おばあちゃんは兄弟が多かったからね。十代で東京にでてきたの。尾久(おぐ=地名)の伯母の紹介で、小さな洋裁店に見習いとして住み込んだわ。少ししてアパートを借りれるくらいのお給金になったから、そこをでたの。  はじめは三畳のアパ…
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「おばあさんのミシン」前編

 7月の庭からつんとした青い草のにおいがします。  掃き出しのガラス窓を開けて、そのにおいにしかめっ面になった香澄が、庭にヤブカンゾウのオレンジを探します。おばあさんの好きなユリ科のオレンジの花です。庭のあらかたを占領したドクダミが、ヤブカンゾウも、裏木戸に続く飛び石もすっかり隠してしまいました。鼻をつくのは、その白くて可憐な花弁…
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「毘沙門天AFFECTION」16

「たわけ。正面からいきおって」  ぴょんとルーフから飛び降りた長尾さんが俺に並んだ。 「だめなの?」並ばれた俺。 「馬は臆病なのじゃ。だから後ろから近づく。なのにそれをいつもしない」  吐き捨てるように彼女が言った。  アスファルトに叩きつけられた新兵衛は、黒いガムかすになってしまった。ガムの髪を嗅ぐように…
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「毘沙門天AFFECTION」15

 どんっ!  ルーフから新兵衛が跳んだ。まるで獲物に向かう猛禽類(もうきんるい)。  その姿に、確か梟(ふくろう)も猛禽類だよな、関係ないこと考える。  距離を稼ぐように空中を掻いた足が、ぐんと引き上げられて、前方に揃えた形で突き出された。そこへ体がかぶさった形になった。着地はひどく乱暴だ。  その気配に青鹿毛の…
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「毘沙門天AFFECTION」14

 青鹿毛はデカイ馬だった。  それまで俺が見たサラブレッドのどれよりもだ。それに、やたら蹄(ひづめ)が大きくて脚も太かった。違った。太く見えたのは脚を保護するプロテクターのせいだった。  俺がサラブレッドを見るのは、もっぱら家族とでかけるトゥインクルレースでだけだ。それは毎年3月から11月までの間、2・3週おきに大井競馬場で…
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「毘沙門天AFFECTION」13

 ガードレールの内側に、ところどころ立ち止まる人がいる。  ウォーキングとか通勤の帰りとかそんな感じ。成り行きを見守っている。  馬は黒かった。タテガミはもっと黒かった。 「何をしているのかしら?」立ち往生の馬を取り囲む暴走族を見て、姉貴が言った。「いじめかしら?」  平成の俺らにもわからない。 「あっ! あれ…
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「毘沙門天AFFECTION」12

♪ひろい・せかいの・かたすみでえ~♪  表通りから聞こえるホーンが歌った。 「おっ!」長尾さんが目を見開いた。  すぐに音に向けてダッシュになった。なんという好奇心。たなびく彼女のツインテールを新兵衛が追った。 「おい! おいっ!」俺がそっちに向かって声を張り上げる。「だめだって!」  敷地の外に折れる二人…
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「毘沙門天AFFECTION」11

 屋根瓦の縁で鳴く梟。それに、耳だけ傾けた長尾さんが、確信に満ちた声で言う。 「新兵衛じゃな」  他に誰がいんだよ。  ばさぁ! 薄闇を暗幕の塊が舞い降りた。  長尾さんの足元に猫の着地を決めたそれが、すぐに面(おもて)を上げる。丸めた上半身は、それでも長尾さんの腰よりずっと上だ。それが新兵衛だった。 「な…
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「毘沙門天AFFECTION」10

 姉貴に聞いても埒(らち)があかない。こうなったら本人に聞くまでだ。 「おまえ……」長尾さんの後姿に声を掛けた。「どっから来たんだ?」 振り向いた彼女の頭が、投げてやったポップコーンを前に、餌を貰い慣れてない鳩みたくなった。それからみるみる表情が険しくなって、抑えた声になった。 「そなた、新兵衛の弟ではないな?」 …
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「特急でGO!」エイプリールフール企画

 スイとセイは星のよく見える場所に立ちました。  今日の昼間は5月並みの気温だったというのに、ずいぶんと冷え込む夜です。  二人の立つ場所からは、夜桜見物の人たちの賑(にぎわ)いが見えます。それを見ながら、スイは自分がおばあさんに文句ばかり言っていたことを思い出していました。  遠足のお弁当の彩りが悪かったこと、運動会のシ…
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「毘沙門天AFFECTION」9

 俺と姉貴は、離れの軒下で長尾さんを待った。 「ダイジョブかな、あの子。流せるかな」  両手で刀を抱いた姉貴が、長尾さんのトイレの使い方を心配して言う。 「なあ。さっきの話だけど」 「うん? 忍者の話?」 「ちげー。そっちじゃなくて。あいつほんとに長尾影虎なのかな」いまいちピンとこない俺が言う。 …
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「毘沙門天AFFECTION」8

 トイレに行くだけなのに、長尾さんは本堂の入り口に置いてあった刀を手にした。  どんだけの危機感よ。  持ってやろうか、と手を出した俺に長尾さんが首を振る。小さな独り言が「新兵衛がおらんと、おちおち用足しにも参れん」そう聞こえた。  あいにく母屋のトイレは塞がっていた。  中から、腹の具合が悪いと言ったきり、コンドー…
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「死ね死ねバレンタインデー」6最終回

 どおりでな。  どんなに試合で俺が点を決めても女子がシラケたはずだ。へんだと思ってたんだよ。金子のゴールの方がよっぽど受けたもんな。俺ってずっと、  圏外だったのかぁ。 「寒くないのかしら。こんなとこで」  沈黙の戦艦と化す俺らの横を、着ぶくれしたパンチパーマのおばちゃんが聞こえよごしに言って通り過ぎた。 …
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「死ね死ねバレンタインデー」5

 目も会わせないで俺の横をすり抜けようとするウンコと肩がぶつかった。 「なんだそれ?」  まさか断られると思わない俺が強い口調になった。  振り返ったウンコの右手が、返事の代わりに、ほどけたマフラーを跳ね上げた。その勢いに俺がびびる。怒ってる。完全に怒ってる。  「確かさあ。今日、改札で会ったよねえ」いきなりのサ…
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「死ね死ねバレンタインデー」4

「こんばんはー、こんばんはー」  チャイムの故障かと思って大きな声になった。ウンコの家の前にウンコの自転車があったから、てっきり家にいるもんだと思った。やっと出てきたおばさんが、 「あらあ、勘太くん。どした。今日は? 珍しいね。何か用?」   用がなかったら来たらへんみたいに言うから、咄嗟に大嘘がでた。 「え~と…
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「死ね死ねバレンタインデー」3

 晩飯どきのキッチンに菓子を焼いたような甘い匂いがした。  お袋が俺の味噌汁をよそっている。そのエプロンの結び目を見ながら、小遣いの前借りを切りだそうかどうしようか迷っていた。差し出された盆の上に乗ったお椀を受け取って、  「マドレーヌ?」  俺が聞いてみた。前借りのことは言えなかった。新しいスパイクを買って貰ったばかりだ…
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