「毘沙門天AFFECTION」24

 西と聞いた長尾さんが月を振り仰いだ。

 その空に、迂回しながら確実に近づくサイレンがあった。

「おまわりさん! あの子、刀を持ってますよ!」

 長尾さんの肩から突き出たシルエットに、金切り声が上がった。見たらパンチパーマのおばさんだ。おばさんの指が長尾さんを指している。

「銃刀法違反なんじゃないんですか!」おばさんが金切り声を出し、
「いや、本物かどうか。竹光かもしらん」
「その前に馬だろ。馬をなんとかしろ。さっきから通れねえんだよ。こっちは急いでるんだ」
「それより暴走族を検挙しろ。何のための迷惑防止条例なんだ」

 それまで黙ってた後ろが、ようやく登場のおまわりにまくしたてた。

 それを振り切って、自転車を引いた二人のおまわりが近づいてきた。
 先に声をかけてきたのは、俺の親父と同年齢くらいのほうだ。

「あ~、君たち。ここで何をしているんだね」 

「ミーティングですけど」

 説明するまでもないという口調で修ちゃんが答えた。

「ミーティング?」

「日本語でいうとこの、話し合い、ってやつですか」

「おいおい。大人をバカにしちゃいかん。ミーティングの意味くらい知ってるよ。
一体、これのどこが話し合いなんだ。みんな迷惑してるじゃないか。何を言ってるんだ。君は」

 修ちゃんの顔に哀れみが乗る。阿修羅だ。正面から見て右側の顔。

「本当よ。言ってることを何で信じないの。だから大人はいやなのよ。
 逃げた馬が轢(ひ)かれそうだったの。たまたまこの子たちが見つけて守ってたの。
 暴れる馬を誰も捕まえられなかったわ。それを上杉謙信が――オホンオホン。そんなことはどうでもよろしい。言わせてもらうけど、迷惑したのはこっちのほうですからね。だって、そのへんの人たちにやたら写メを撮られたんだもの。なんかあったら個人情報流出で訴えるわよ――あらやだっ」

 フォローにならないフォローの姉貴が、突然、袂で顔を隠した。もう一人の若い方のおまわりが姉貴をじーっと見ていたからだ。超イケメン。

「乗れっ、中澤!」おまわりを無視して言った修ちゃんが、ほとんど同時に、お椀型のヘルメットを投げてきた。「くそっ! 逃げられた!」

 長尾さんと新兵衛が忽然と消えていた。

 雑にグローブをはめた修ちゃんが、新聞の配達車みたいなちっこいバイクのスタンドを蹴り上げた。前のめりで腰を上げ、ひといきに沈めた。キックでかけるエンジン。見たのは初めてだ。今はセルでかけるからな。
 一発でかかったエンジンに、誇らしげな顔で修ちゃんが、とりいそぎの説明になる。「じっちゃんの(バイク)だよ」

 そのバイクの後輪がけたたましい音でアスファルトをかきむしり、ロックした前輪を軸にしてワイルドな弧を描いた。ゴムの焦げた臭いがする。
 強引にフロントを西に向けた修ちゃんは、まるで仮面ライダー。手の平の傷はすっかり完治だ。 

 ゼファーがもうもうと白煙を噴いた。さっき八重歯が倒したやつだ。そのシートに、ちんまりと収まるのはチビ。おまえがそっちかよ。

 修ちゃんの仲間たちのバイクも一斉に吠え出して、辺りに靄(もや)がかかったみたいになった。それから、皆、低速走行で修ちゃんのまわりに集結した。

 さっきまで聞こえていたクラクションもサイレンも聞こえない。野次馬たちは被害を恐れて蜘蛛の子になって散った。裾を乱して走ってく姉貴も見える。チャリを取りに戻ったんだと思った。

 難聴になりそな中心で、修ちゃんが腕を上げた。人差し指がグローブの形に丸みを帯びている。それがゆっくりと、自分のケツに二回、みぞおちを一回指した。まわりでひと際高くエンジンが唸って了解と言った。

 俺にもわかった。

 大井だ。大井競馬場。

 ケツの2回が「お(尾)」「お(尾)」、みぞおちが「い(胃)」、それで、おおい(大井)。身体文字ってゆうやつ。寄席でそんなのを見たことがある。

 修ちゃんのバイクがするするっと走りかけた。慌てた俺が、その後部シートに飛びついて振り落とされまいとシートバンドをつかんだ。もう片方の手でお椀をかぶる。

 走り出した修ちゃんのギアチェンジは忙(せわ)しない。アクセルがくんくんいうたび、俺の首はガックンガックンした。すぐにトップギア。アクセル全開で長尾さんを追う。

「おわっ!」

 首を抜く風に出た声は爆音に消えた。

 俺らの前に何もない。俺らの後ろに道はできる。
 あったとしても路駐の車両だけだ。当然だよ。走行車線はさっきの場所で詰まっている。反対車線は逆に渋滞。それでも正月間もない成人の日だったから、いつもよかずっと少ない交通量に、右目をかすめる渋滞の列はすぐに薄くなった。

 そのまま俺が振り返った。なんというテールトゥノーズ。すぐ真後ろに二台、そのまた後ろに三台四台五台、修ちゃんを先頭にした二等辺三角形の陣形だった。

 その陣形で、凍えたイチコクをかっ飛んだ。

 長尾さんはいない。長尾さんを乗せた青鹿毛がいない。



 それにしても新兵衛は一体どうやって……




――つづく――

迷惑防止条例:
都道府県の条例で刑法には触れないが著しいマナー違反を取り締まるために制定されているもの。都道府県により呼称は異なるが、東京都の場合「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止条例」となっている。その取締り範囲は広いが、ダフ屋行為や痴漢、盗撮、ストーカー行為などに適用されることが多い。参考URL

イチコク:第一京浜国道(国道15号線)の略。地元ではこう呼ぶ。


キックでかけるエンジン~♪

年内の「毘沙門天~」の更新はたぶんこれでおしまい。
正月休みに前のほうを手直しできたらいいんだけど。


【今日のBGM】カノン/アル=アジフ
【今日の動画】

お断り:小学生も視野に入れてフリ仮名をつけます。読みづらかったらごめんなさい。


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この記事へのコメント

銀河径一郎
2009年12月15日 00:57
アクセルターンだっけ、カッコイイですよね!
タイヤが減ってもったいないなどと思ってはいけません!
暴走族?の雰囲気がとてもよく出ていてよかったです!
長尾さんはいずこ?
つる
2009年12月15日 23:23
■銀河径一郎さん
そう!それ!アクセルターン!
あ~、「アクセルターン」さえでれば、こんなまどろっこしい書き方しなかったわ。さいきん名詞が全然でてきません。老化は恐ろしい。
>暴走族?
そうなの。暴走族ではないの。裏設定では同好会。みんな、地元商店街の跡継ぎなんかで、商工会の青年部で知り合ったと、そんな感じで。
>長尾さん
もちろん大井競馬城よ。
ia.
2009年12月17日 22:40
大井ってそういう意味だったんですか。いろいろ勉強になって楽しいなぁ。
>裏設定
アスラのグループには裏設定があるんですか。
そういうのがまた別の物語につながったりするんですよね。楽しみ♪

こちらの年内の更新はおしまいですか?そういえば新年会の話でしたね(^^
つる
2009年12月18日 00:21
■ia.さん
裏設定、グループに気が荒い連中が集まってるのは、それぞれがそれぞれの商売でアタマを張ってるから。そんなふうに考えました。
>新年会
そうそう。始めてから一年経った。だめね。

年内、余裕があったら、この続きも書きたいんですが、なにしろ肝心のものが書けてません。そっちを優先しなければ。自分が言いだしっぺだし。

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