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zoom RSS 「おばあさんのミシン」後編

<<   作成日時 : 2009/07/19 12:01   >>

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 チクチクチク……

 チクチクチク……

 チクチクチク……

 漕いでないのに目の前の針が上下します。

 不思議に思った香澄が顎を引いて足元を見ます。

 ペダルに乗せた3つの裸足(はだし)。一番左端はおかあさんです。立っているおかあさんの右足が香澄の横に並んでいます。3つはそっくりでした。甲高で、親指側に倒れた仲良し背比べの4本の指、爪の形はまん丸です。今年、香澄は、おかあさんと靴のサイズが同じになりました。プールの授業で日焼けしている方が香澄です。

 リードするおかあさんの白い足が、ペダルを漕いでは止め、漕いでは止め、を繰り返しました。

 プーリーはすべて順回転でした。やがて、マグレじゃない順回転に、

『そっか。そういうことかあ』

 香澄が納得します。見た目ではわからないほど小さな動作でした。順回転のコツは、確かに香澄が発見したペダルの止め位置も関係したかもしれません。でも決定打ではありませんでした。止め位置から先をおかあさんが教えてくれました。

 タクトを振る前に先っぽをくるっとする仕草があります。一小節前の4分休符のひと呼吸です。ペダルを踏むのもそれと同じでした。4分休符でペダルを一旦戻します。その動作は見ただけでは静止しているかに見えます。そうしてから、ぐんと踏み込むのです。

 香澄は泣いたことなどすっかり忘れ、そのタイミングに集中しました。やがてふと思います。

 おかあさんも10年かかったのかしら。

 いつまでも続くチクチクチクに、おかあさんの不器用を思います。

 おかあさんはおばあさんのように気軽な調子で話しかけることをしません。香澄がダンマリでくるなら、おかあさんだってダンマリで応戦しました。




 おばあさんが亡くなったのは春先のことです。
 遊びに来ていた香澄たちはテレビのアニメを見ていました。夕食のハンバーグを配膳し終えたおばあさんが、前の年に亡くなられたおじいさんの座椅子にストンと腰を落としました。珍しいことです。おばあさんがくつろいでいる姿など誰も見たことがありません。テレビを見ているようなときでも手は動いていて、デザートのグレープフルーツの皮を剥(む)いたり、チラシで野菜くずを入れる袋を折ったりしました。
 アニメのエンディングテロップが流れても、おばあさんは立ち上がりませんでした。
「おばあちゃん!」香澄のおかあさんの声が響きました。香澄と弟の卓(すぐる)が生まれてから、おかあさんは自分のおかあさんをそう呼んでいました。
 お通夜は暑くも寒くもない晩でした。誰にも迷惑をかけない大往生に、お焼香にくる人たちは皆口を揃えて「あやかりたいものだ」と言いました。




 玄関先にしゃがんだおかあさんが、オガラ(麻ガラ)を細かく折り始めました。

「ねえ。ほんとに、あのミシン、わたしが貰ってもいいの?」

 お手伝いする香澄の声が浮かれています。さっき、おかあさんがそう言ったのです。

「なんで?」
 
「おかあさんも使いたいんじゃない?」

「直線縫いしかできないじゃないの」

 おかあさんはミシンを二つ持っています。一つは家庭科室にあるような電動ミシンで自動糸調節や自動糸切り機能がついています。もう一つは縁かがりをしながら生地を裁断するロックミシンです。その二つを使って、香澄や卓の普段着をあっという間に仕上げます。

 おかあさんの返事に、香澄がはぐらかされたような気持ちになりました。せっかくおかあさんの気持ちを尋ねているのに答えになっていません。

「どうせ直線縫いしかできませんよ」

 香澄が言い返します。ミシンの性能と、自分の技量の両方を言ってるのだと思いました。おかあさんの皮肉ととりました。

「いずれ香澄のものになるんだから早いほうがいいでしょう」

 言い返す香澄を相手にしないで、おかあさんが焙烙(ほうろく)という素焼きの皿にオガラを乗せました。

 火をつけたオガラから煙が立ち上ります。お向かいの垣根の向こうからも煙が上がりました。集合住宅や、一軒家でもお隣同士が密集した東京ではあまり見かけなくなった光景です。

「ねえ、おかあさん。おばあちゃんがどこでミシンを買ったか知ってる?」

「おばあちゃんは同じ話ばっかりしたわね」また質問に答えないおかあさんが、知ってる口ぶりで言いました。
 
「ほんとほんと」香澄が相槌を打って「だから、わたし、『聞いた』って何度も言っちゃったわ」

「言っちゃうわよ。しつこいんだもの」おかあさんにも心当たりがあるのでしょう。

「わたし、あんなこと言わなければよかったわ」

 言った時のおばあさんの顔が思い出されました。

「……ほんとね」

 言ったおかあさんの白目がみるみるまっ赤になりました。香澄がパッと立ち上がります。この一年で彼女は大人になりました。見ない心配りができる6年生です。

 そのままひょいと焙烙を跨(また)ぎます。戻りかけた彼女の浮いた足に「逆、逆」すかさず待ったがかかります。おかあさんにペロッと舌をだした香澄が「しまった」

 行く方向に3回でした。

 焙烙の横にオガラの足をつけたキュウリとナスがありました。キュウリが馬でナスが牛です。この二つはおばあさんのアッシー君ご案内係です。来るときは急いで馬で、帰るときはゆっくり牛で。見えないおばあさんがナスに跨(またが)りました。それが煙の筋に運ばれていきます。

 オガラの立ち上る夕暮れは、薄いブルーにすばらしく透明なオレンジがかかっていました。ヤブカンゾウの色水をバケツいっぱい空に撒いたようなオレンジに、おかあさんが呟(つぶや)きます。

「ヤブカンゾウも抜いていこうか」

 ちょうど同じことを思っていた香澄が「縁の下にシャベルがあったよ」と即答です。

「じゃ、卓にやってもらいましょ。そういうのは得意だろうから」

 目じりを拭(ぬぐ)ったおかあさんが笑いました。庭のドクダミの下に大量のタイムカプセルが埋まっているのです。それはガシャポンの空きケースでした。幼稚園だった卓が、おやつも食べずに背中を丸くしてシャベルをふるう姿が思い出されて、香澄もつられて笑いました。
 笑いながら不思議でした。おかあさんとは口を開けばケンカになるのに、心に浮かぶことはいつも同じだからです。

 もうすぐおとうさんと卓が軽トラでやってきます。取り壊しの決まったおばあさんの家から、ミシンと電動自転車を運びだすのです。男チームは環状沿いのレンタカーショップに出かけていました。

 お母さんが手を合わせてふだんと違う口調で言いました。

「おばあちゃん。お気をつけてお帰り下さい」

「おばあちゃん。お気をつけてお帰り下さい」香澄が倣(なら)います。慣れない言葉遣いに照れて、おかあさんより合掌が長くなりました。その姿勢で、ぞんざいな口を利いた去年を反省します。

 おばあちゃん、ごめんなさい。また、来年、お会いしましょう。
 
 それから空に向かって丁寧にお辞儀をしました。


 
 今日は東京の盆送りです。





――おわり――



2009/07/22ia.さんのアドバイスで一部改稿。

東京のお盆:7月の13〜17日。四十九日を過ぎて迎えるはじめてのお盆を新盆とよびます。
ガシャポン:ガチャガチャ、ガッチャンなどというところもあるようです。100円入れて回すアレです。


おつき合いくださってありがとう。どうってことない話なんですが、壺井栄の「十五夜の月」ように、ずっとこういう話が書きたいと思っていました。

そのお話の最後はこうです。おばあさんの訃報に千代の姉が夜中の汽船で戻ってきます。迎えに行った千代たちが道すがら、
「わたしらは、あれだけ、おばあさんのぞうりをはいとって、いっぺんもお礼をいわなんだな」
「ほんまに、お礼どころか、文句ばかりいうて」

おばあさんのつくるぞうりはしっかりしすぎてなかなかやぶれません。千代たちは、売ってるさきばなに赤い紙のついたわらぞうりがほしくて、おばあさんのぞうりを石をこすりつけては、わざとやぶきました。二人のセリフは美しいシーンで語られます。
満月は松の木のま上から、木の枝といっしょにふたりのかげをみじかく地上にうつしていました。
泣きます。何度読み返しても泣きます。

自分の「ナンチャッテ十五夜の月」を読み返して、タイトルのミシンから離れた印象を受けました。どうしても主人公とお母さんの関係を入れたかったらこうなりました。へぼっ。また頑張ります。
 

今日のBGM→水の影/ひろくん


お断り:小学生も視野にいれてフリ仮名つけます。読みにくかったらごめんなさい。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
すっごく良かったです!つるさん絶対こういう話のほうが向いてますよ。つるさんのお人柄が溢れているようで、誰にも真似できない作風だと思います。
特に送り火のシーンの空の描写がきれいで、うっとりしました。
お母さんのキャラがまた素敵ですね。
うまく読みとれているかどうか自信はないんですけど、大人になりつつある娘への信頼、亡くなったおばあさんへの思慕が滲み出ているように感じました。さりげない日常会話の中にいろいろな思いが詰まっているようです。
ひとつだけダメ出し(笑)。「二人の親子は〜」という一文が他の地の分に比べて堅いというか、悟りすぎている気がして引っ掛かりを感じました。もう少し丁寧なほうがもっと良くなるような気がします。でも個人的な感覚なので話半分に聞いてくださいね(笑)
ia.
2009/07/21 00:16
★ia.さん★
わたしはね。思った。いつだってia.さんのコメントを待ってるって。そいでもって緊張しながら待ってるんだわ。
良かったと言ってくださって素直に嬉しい。だけど「です」「ます」調に飽きました。肩懲った。
主人公のお母さんは意地悪なんです。つまり、わたしの母ね。母とわたしはそういう関係でした。
でも人間て悪いところばかりじゃないから、その母をここで、おばあさんとおかあさんに分割しました。それと、おばあさんを良い人に書いちゃったから、バランスをとるために、おかあさんを辛口にしました。
ダメ出し、確かにいえてるわ。「二人の親子」を「母娘」に書き変えたけど、そういう問題じゃなかったわ。う〜ん。すぐ閃かないから少し考えさせてね。
それにしてもダメ出しに触れるまでの文章に、ia.さんの思いやりを感じます。ありがとう。AB型だから冒頭からダメ出しでもダイジョブよ。
つる
2009/07/21 01:47
つるさんの小説ファンとして、読まさせて頂きました。
今、胸の奥が、じーんとしています・・・
最初から最後まで、ストーリーに引きこまれっぱなしでした。
「高円寺物語」でも感じたんですが、つるさんの日々の生活を丁寧に生き、人情を大切にするお人柄が表れてて
いいですね。

全編好きですが、特に中編のおばあさんがミシンを手に入れた時の回想シーン、香澄が見た映画におばあさんを重ね合わせている所が好きですね。
戦後復興の時代が見えてきて、他の方も書いていましたが浅田次郎の作品を思い出しました。
私も「地下鉄に乗って」は見ましたよ^^
大沢たかおが、戦後を熱く生き抜く男を演じていて好きです。小説は映画より、深くお父さんの生き様を書いてあってお勧めです!
後編の、ミシンを通してのお母さんと香澄のやりとりもいいですね。
長くなってしまいました_(__;)ゞ

rain
2009/07/22 10:02
★rainさん★
いつもありがとう。小説といってくださって嬉しい。小説もどきなんですよ。構成とか深く考えてないの。大まかなブロック分けだけで、自転車操業なんですもん。
中編をそういってくださってよかったわ。唐突に思いついた映画のシーンだったから、もともとの文章に馴染ませるのが難しかった。
大沢たかおはよかったですねえ。うまい俳優さんだわ。
今日、みなさんが仰る浅田次郎を図書館に予約しました。夏休みだから待たされるかと思いきや、そうでもなかったです。
後半のおかあさんは意地でも書きたかった。現実はきびしいのよ。前半でそのへんをもっと匂わせるべきだったわ。
あ、そうだ。「成人式」を拾い損なって中編をいじりました。ね。こんないきあたりばったりです。最後まで読んでくださってありがとう。
つる
2009/07/22 20:16
こういう話もいいですね。
さしたる事件もないんだけど、人ひとりが人生かけて得た何かやありようを、残された者が感じ取るみたいな話。

個人的には最後ミシンでしめくくった方があれですが、好みの問題かもしれません。

もう記憶もないけど足踏みは大事かも。
自動車でもオートマで免許取ったひとは、アクセルとブレーキ間違えやすい気がする。半クラッチのあの微妙さはね?
銀河系一朗
2009/07/30 03:47
★銀河系一朗さん★
最後までありがとう。
>残された者が感じ取るみたいな話
人の人生は、例え肉親でも所詮は他人事。それでもときどき、耳を傾けずにはいられない出来事があったりします。わたしにとってそれは、母のミシンと、父の樺太の話なんです。若い人は北方四島をソラで言えないね。ハボマイ、シャコタン(シコタン)、クナシリ、エトロフ、父が口にするから常識と思ってました。樺太のこともいつか書きたいな。

>個人的には最後ミシン
いたっ!いたたたた。
そうなのよね。最後にミシンが薄くなっちゃったから、ミシンのお引越しを無理やり捻じ込んだんです。銀河系一朗さんだったらどう結ぶんだろうと想像しました。
後編の、香澄とおかあさんのシーンは譲れないから、そうしたら、タイトルは「ミシンのお引越し」でも良かったかなと思いました。

わたしのころは、もちろんクラッチ。クラッチ操作も知らないで「乗るな」と言いたい。それほど苦労しました。ええ。坂道発進よ。
つる
2009/07/30 22:39

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