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zoom RSS 「おばあさんのミシン」中編

<<   作成日時 : 2009/07/16 00:05   >>

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 あれは戦争が終わって何年もしてないわ、庭のところどころのヤブカンゾウに、おばあさんは話し始めました。

「おばあちゃんは兄弟が多かったからね。十代で東京にでてきたの。尾久(おぐ=地名)の伯母の紹介で、小さな洋裁店に見習いとして住み込んだわ。少ししてアパートを借りれるくらいのお給金になったから、そこをでたの。
 はじめは三畳のアパート。まず買おうと思ったのはミシンね。そう。タンスや鍋なんかよりミシン。思いついたら電車に飛び乗ってたわ。新橋駅にミシン屋があるっていうのは知ってたの。まだ国鉄のころよ」

 新橋駅。

 降りたことのあるJRの駅を、香澄が思い浮かべます。林立するビルたち。そこから戦後間もない風景だなんて想像もつきません。
 その駅から少し歩いた映画館で、香澄と弟の卓(すぐる)、おかあさんの三人で邦画を観ました。おかあさんがファンだという俳優さんの出る映画です。新聞屋さんがくれたチケットは「地下鉄(メトロ)に乗って」でした。地下鉄の階段を上がったら、昭和の始めにタイムスリップしていたという話です。バラックの立ち並ぶ闇市。途中で居眠りした香澄が、はっと起きたらスクリーンは戦時下の混沌(こんとん)でした。おばあさんもその時代を生きてこられたのです。

「新橋のどのへん?」香澄が聞きます。

「さあ? どのへんだったかしら?」

「忘れちゃったの?」

「忘れたわ。大昔のことだもの。
 とにかく少し行くとビルがあってね。その2階に上がったら中はめちゃめちゃなの。窓ガラスなんて割れちゃってるし、コンクリートの塊がゴロゴロしてたわ。そこは爆撃を受けたビルだったの。廊下に机がひとつ置いてあってね。その前に男の人が腰掛けてたわ。あ、ここだ、って思って、その人に言ったの。『ミシン、ください!』そしたら紙を寄こすじゃない。書いたわ。契約書。それで手付けをね、どんと打ったの。有り金全部よ」

「手付け?」

「月賦(げっぷ)の手付金よ。あのころミシンは高価だったもの。即金じゃ買えないわ」

「いくら?」

「さあ? 忘れちゃったわ。なんでそんなこと聞くの?」忘れてばかりのおばあさんです。

プログ小説のネタにするんだよ。ちょっと聞いただけ」

「う〜ん。その頃にお勤めしている人の何か月分になるのかしら」

「月賦って何?」

「今で言うローンよ」

「信じたの?」

「何を?」

「その人をよ。だって机しかなかったんでしょう? ミシンなんてなかったんでしょう? だったら詐欺(さぎ)かもしれないじゃない」

 オレオレ詐欺がニュースになったので、小学生の香澄でも詐欺の意味くらい知っていました。

「あら、ほんと。今考えると変ね。そんなこと、これっぽっちも思わなかった。なんでだろうねえ。おばあちゃんが必死だったから、その人も必死で商売してると思ったんだね、きっと。詐欺なんて思いもしなかったわ」

「それでミシンは届いたんだ」

「そう。届いた日は嬉しかったわあ。
 その日から毎日ミシンよ。昼は洋裁店、夜はアパートで。仕事は山ほどあったわ。今みたいに洋服なんて売ってないの。店でオーダーするか、家で手作りするかだったのよ。
 大家さんがいい人だったから、おばあちゃんが洋裁店に勤めてるって宣伝してくれたの。それが評判になって、どんどん注文がきたわ。
 月賦はあるわ、おじいさんはころがりこんでくるわで、寝る間も惜しんで働いたものよ」

 スクリーンに映る人々の身なりは粗末でした。お腹一杯食べられない時代です。皆、貧相な体つきで、目ばかりギラギラしていました。
 粗筋(あらすじ)はチンプンカンプン。しかし闇市に映る人たちのエネルギーだけは伝わりました。町全体が活気づいていました。

「自分の服は縫わなかったの?」

「そうね。人の服ばかりだったわ。ああそうだ。成人式に着た水玉のワンピース。あれだけは自分のためにこしらえたんだった」

 いつだったか、香澄が見たおばあさんの古いアルバムは、まるでスクラップブックのようでした。スクラップブックよりいくらか厚紙の台紙でしたが、そこに糊で直張り(じかばり)しただけの白黒写真は、すっかり変色してセピア色でした。そこにお澄ましのおばあさんがいました。水玉のワンピースで髪にウェーブがかかっています。写真屋さんの注文なのでしょうか。おばあさんの目線はレンズの斜め上で、未来を見るようにしています。
 
「そのうち、もっと腕前をあげたくて、別の洋裁店に移ったの。そこで生地の裁断を覚えたわ。裁断するのに大きなカッターを使うの。半月の包丁みたいなの。裁断は勇気がいるのよ。高級生地だと取り返しがつかないことになるからね。おばあちゃんが裁断してると、思い切りがいいねえ、なんて感心されたものよ。他所(よそ)の店から引き抜きの話だってきたわ――」

 おばあさんの思い出話がBGMになります。

 香澄があと10年して迎える成人式。その頃にはもっとミシンが上達するでしょう。彼女は、自分で作ったワンピースを着て、写真に収まる姿を想像しました。






「香澄ってば!」

 すぐそばにおかあさんの声です。

 ふうっと景色が消えました。今いたはずのおばあさんの気配すらありません。

「何度呼んでも聞こえないんだから――」

 おかあさんが言って、気配のあったところに立ちました。

「やだ」

 ミシンテーブルに水滴がついているのを見て、香澄が慌てます。

 自分のこぼした涙に「て、天気雨かな?」空を見上げる振りで頬杖です。ついた肘で、ササっと水滴を拭(ぬぐ)いました。外は見なくてもかんかん照り。夏休みを待つばかりの青空でした。

 香澄が口をつぐみます。

 見られました。カンペキ見られました。

 続きを言わないおかあさんから、それがわかりました。

 

 
 黙る二人して、

 ドクダミの下にヤブカンゾウを探します。





――つづく――


2009/07/16映画のシーンで思い違いをしていた記載を訂正。
ころがりこんだおじいさん:今でいう同棲。あらま!

え〜と、このおばあさん、呆気なくミシンを手に入れます。物話としてどうなのよ。だから膨らましました。思いつき投入で軸がブレたのはご愛嬌。膨らましネタのために、DVD「地下鉄(メトロ)に乗って」をレンタルしました。取材費かかってます。


今日のBGM→希望の轍/beginner


お断り:小学生も視野にいれてフリ仮名つけます。読みにくかったらごめんなさい。



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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
復活、待ってました!
この1ヶ月間、いろいろと大変な思いをされていたようですね。ぼくもこの作品が、つるさんのお母様への餞になればと思います。
ここまで読ませていただいて、暗いというよりも、なんだかセンチメンタルで厳かな印象を受けました。もちろんよい意味ですよ。「です」「ます」調の語り口もいいですね。
物語の中のおばあさんは亡くなってしまったという解釈でよいですよね? 香澄がこぼした涙を天気雨のせいにしようとしているシーンが、いじらしく描かれていてよかったです。後篇も楽しみにしてます。
shitsuma
2009/07/17 11:44
当時はミシンはとても高価なものだったんですよね。
取材費掛が掛かっているだけあって(笑)戦後の時代背景が浅田次郎さんに負けないくらい雰囲気がありましたよ。
私も戦後を描いた作品が好きでよく読んでいます。あの時代に生きる人たちは、貧しいながらもバイタリティがあって温かくて魅力的ですよね。
ia.
2009/07/17 15:13
★shitsumsさん★いやだよう!センチメンタルで厳かだなんて持ち上げといて、その梯子を外さないでおくれよ。「読書感想文」で振り返りますが、この会話の部分だけノンフィクション。オチがないの。
おばあさんが亡くなってる設定は、わかりにくかったね。前編で、香澄がミシンの前に座って、そのまま過去にスライドさせるところがムズかったわ。その時に見えなかったヤブカンゾウが、ここで見えて「おや?」と思ってもらえたら成功だったんだけど。曖昧はだめね。そのへんがこれからの課題。
>いじらしく
いじらしい心が書かせました。ほほほ。
つる
2009/07/17 22:54
★ia.さん★
そう。高価だったらしいのに、忘れたそうです。肝心なことなのにね。検索しても当時の価格はわかりませんでした。手付けが「5000円」とか書けたらリアルだったのに。
取材費かかってます。香澄のおかあさんが好きな俳優さんというのは堤真一です。あと大沢たかおも。ここ。自分を投入しました(笑)いつも思うの。調べても大したこと書けないなあって。だからia.さんの想像力に感謝。そういえば「Allways〜3丁目の夕日」にも堤真一がでてました。バイタリティを感じさせるイメージなのか、ひと昔前の顔なのか。
あっそうそう。ニュースニュース!俊輔と長谷部と青山隼らのプログ見つけました。ここよ。↓
http://guapo.cocolog-nifty.com/blog/
つる
2009/07/17 23:19
おばあさんにとって縫製して服を生み出すというのは格別な喜びだったのだと感じました。
まして物のない時代、服を生み出すミシンは魔法の器械のように輝いていたんだろうな。
銀河系一朗
2009/07/29 02:48
★銀河系一朗さん★
いつもありがとう。
そうそう、ミシンを語るおばあちゃん(母)は熱かったです。うっとうしいくらいに。そういうのがもう少しだせたらよかったんだけど。
魔法の器械から生み出された、趣味でない服を着せられるこっちの身にもなってくださいな。
そういえば、家庭科の時間に、ミシンで自分の指を縫ってしまう同級生の男の子がいましたっけ。こうして思うと、ミシンネタには困らないなあ。その出番は滅多になさそうだけど。
つる
2009/07/30 02:56

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