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zoom RSS 「おばあさんのミシン」前編

<<   作成日時 : 2009/07/13 00:48   >>

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 7月の庭からつんとした青い草のにおいがします。

 掃き出しのガラス窓を開けて、そのにおいにしかめっ面になった香澄が、庭にヤブカンゾウのオレンジを探します。おばあさんの好きなユリ科のオレンジの花です。庭のあらかたを占領したドクダミが、ヤブカンゾウも、裏木戸に続く飛び石もすっかり隠してしまいました。鼻をつくのは、その白くて可憐な花弁からは想像もできないドクダミのにおいでした。
 
 ガラス窓の内側は一畳半ほどの板の間で、そこにミシンが置いてありました。おばあさんの足踏みミシンです。重たいミシンの4本の足には移動の為の足車が付いていて、その足車には、お行儀よく、茶托(ちゃたく)のような形の足置きが敷かれていました。

 おかあさんの実家であるおばあさんの家に来るたびに、このミシンは香澄を惹きつけます。小さい頃はこの下に潜って熱心にペダルを揺らしました。ミシンを扱えるようになった今は、潜ることもできないくらいに背が伸びました。

 ミシンはフリンジのついたカバーで覆われていて、それが使うときだけ厳(おごそ)かに剥(は)ぎ取られます。その下の木の蓋を開けると、どっしりした黒い本体が横たわっていました。引き起こした本体に刻印された「RICCAR」の金文字はすっかり色褪(あ)せて、上下を繋ぐ革ベルトもたるんでいましたが、こまめのミシン油さえ切らさなければ、まだまだ立派に働くミシンでした。針には、最後の仕事で使った白い糸が掛けてありました。

 ミシンが庭を向いているのは、おばあさんが眼を悪くしてからです。明るい場所でペダルを踏むのが常でした。その手元を覗き込む香澄に、針の穴なんてとっくに見えない、とおばあさんは仰いましたが、それは冗談だと思われました。言うわりに、糸を持ったおばあさんの手は針の穴を難なく通しましたし、どんなに猛スピードの三つ折り縫いでも、生地の縁から針が落ちるようなヘタレはことはなかったからです。

 香澄がペダルとの距離を測ってミシン椅子を引き寄せました。素足を置いたペダルの桟は鉄でできていて、初夏だというのにひんやりしました。
 生地も置かないテーブルに、押えレバーをバチンと下げて、ペダルを漕(こ)ぎだします。ゆっくり漕いだら、チクチクチク。急いで漕いだら、ダダダダダ。踏み込む力でミシンの音が変わりました。

 漕いでるうちに、自然と香澄の口元がほころびました。いつだってそうです。昔から、おかあさんが呆(あき)れるほどの「おこりんぼう」の香澄でした。なのに、ミシンの前だと気持ちが和(なご)むのです。

 玄関のほうから香澄を呼ぶ声がした気がしました。





「精が出ますこと。何が出来るんでしょう?」

 おばあさんです。すかさずかかった声に、香澄がウフンとします。耳だけは滅法良いおばあさんでした。少ししか漕がないのに、もう見つかりました。
 おばあさんは香澄に話しかけるのが上手です。例え腹を立てた香澄がダンマリを決め込んでいても、思わず返事をしてしまうような気軽な調子で言うのです。今日も出がけにおかあさんとケンカをしました。

「ナップサック。林間学校で使うんだよ」

 家庭科の時間内に仕上がらなかったナップサックが原因です。できなかった人は宿題になりました。5年生は夏休みの始めに林間学校があります。その山登りに持って行くのが自作のナップサックでした。一つ増えた週末の宿題に、おかあさんが「も少し要領良くできないの?」香澄の作業は丁寧です。彼女からすれば時間の方が足りないのです。ゆとり教育の弊害です。そんなふうに言われて「おかあさんは何にもわかってない」憤慨し過ぎて説明が足りない彼女です。

「ピンクとかオレンジとかじゃないのね」

 袋縫いにするナップサックの表生地を見ておばあさんが仰います。言いたいことはわかりました。おばあさんは昔の人でしたから、色に女の子・男の子という決めつけがあるのです。女の子でくくられない色は、今で言うカーキ色でした。

「これでいいんだよ。こういうのが流行ってるんだ」

「ふうん。兵隊さんの服の色だね。そういうのを見ると戦争を思い出しちゃう。おばあちゃんがあんたの歳には戦争だったよ」

「知ってる。聞いた」

「そう?」

「そうだよ。グラマンを見たって」

「うん。頭の上をね。飛んでくの。東京みたいにね、しょっちゅう空襲があるわけじゃないの。千葉は田んぼや畑ばかりだから。でもね、それでもときどきあったわ。東京で落とさなかった爆弾を捨てていくの。持って帰るのが重たいんでしょうね、きっと。あれは恐ろしかったわぁ。グラマンてね。飛ぶとき、ゴオオンゴオオンていうの。その音は、今でも見る夢についてくる」

「聞いた聞いた。何度も聞いた」

「そう?」

 香澄が4年生のときです。生活科の戦争調べで、おばあさんから戦争にまつわる話を聞いたのに、それをおばあさんは忘れてしまったのでしょうか。

 千人針という、出征(しゅっせい)する兵隊さんに持たせる胴巻きがあります。一人一針しか作れない赤い目を、寅年生まれの女の人だけは、その人の歳の数だけ作れるとあって、おばあさんのおばあさんは寅年でしたから、国防婦人会の活動でそれはそれはたくさんの縫い物を引き受けられたそうです。
 そんなことがらをまとめて、香澄が学習発表会の下書きとして提出すると、大人でも知らないようなことをよく調べましたね、担任の先生が褒(ほ)めてくださいました。その話もおばあさんにしてあったはずです。

「おっとっと」

 ペダルを踏んだ香澄が慌(あわ)てます。押えがね(押え金具)の下で布送りと一緒に生地が後退しました。上糸がたるんで、カラカラカラ、下糸を収めたボビンケースがずっこけて空回りです。

「出だしはプーリーを回さなきゃ」

 おばあさんのアドバイスに、

「わかってるよ。そうしないでいい練習をちょっとしてみただけ」

 足踏みミシンというやつはやっかいです。学校の電動ミシンや、香澄のおかあさんが持っている職業用ミシンと違って逆回転します。そうならないよう縫い始めだけはプーリーに手を添えます。なのに、おばあさんはそれをしませんでした。ペダル感ひとつで順回転させました。香澄がそれを真似ようというのです。たま〜にできるときもありました。マグレでした。
 逆回転を防ぐコツは、踏み始めというよりも、踏み終わりのペダルの位置にあるような気がしています。それがわかっているのにできないのは、いったん弾みのついたペダルをコントロールする難しさでした。

「練習ね。そりゃ、気の長い話だわ」

「なんで?」

「10年かかる」

 おばあさんが香澄をからかいます。おかあさんに言われたらきっと腹が立つだろうことが、おばあさんに言われても平気なのは、なぜなのでしょう。

「10年したら、わたし成人式だわ」

 やはり4年生のときのことです。国語の授業で「1/2(二分の一)成人式」という作文を書きました。調べてわかったのは、1/2の10年というのが長い年月だったということです。それがまだ1/2あるというのです。ずいぶん先だと思われました。ふと思いついた香澄が、

「ねえ。このミシンてどこで買ったの?」

「話さなかった?」

「うん」

 香澄の返事に、おばあさんはすごく嬉しそうです。さっきまでの「聞いた聞いた」攻撃のときの顔とは、雲泥(うんでい)の差です。




――つづく――



ナップサックこういうの。
グラマン:アメリカ・グラマン社製の戦闘機をこう呼びました。
↓ヤブカンゾウ:参考URL
画像





 


更新も訪問も滞ってごめんなさい。
縁起でもないんですが、6月に母を亡くしました。形見分けは足踏みミシン。もともとこのミシンの話が書きたくて下書きがありました。少し足して、わたしなりの母の供養です。

今日のBGM→瞳を閉じて/ あしたに〜

お断り:小学生も視野にいれてフリ仮名つけます。読みにくかったらごめんなさい。


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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
つるさん、おかえり〜。さみしかったよぉ。
って、いろいろ大変だったんですね。

これ、素敵な作品になりそうですね。とくに導入部の初夏の風景の爽やかな感じや、おばあさんの優しくて親しみやすい雰囲気に引き込まれました。
子のミシンにどんな思い出があるんだろう、と興味津々です。
大切に読ませていただきますね。
ia.
2009/07/13 23:45
★ia.さん★
ただいま〜。気を遣わせてごめんね。順繰りに年寄りが逝くだけのことです。なのに脱力しました。

え?素敵ってホント?暗いかなって心配しました。
あとね、完全に配分を間違えました。前編・中編・後編として、おばあさんがミシンを手に入れる部分をサンドイッチにしようとしたの。なのに、前編が頭でっかちになった。原稿用紙2枚のタブーも破ってるし。しかも次回、おばあさん何行も語らないでミシンを手に入れちゃうよ。なんだそれ。
だから当初の思惑と違うかんじになりそうです。へへ。
つる
2009/07/14 01:40
こちらこそご無沙汰、読み逃げごめんなさい。
とっても大事に丁寧に書かれてるなというのが
読みおわった感想です。
お母さまを亡くされたのですね。
文章から愛情を感じたのはそのためですね。
我が家にもまったく同じミシンがありました。
真っ黒で重厚で存在感がありました。
祖母や母が踏みならすのが楽しくて
しゃがんで足元ばかり見ていた記憶が甦ります。
時々横のハンドルをくるっと手で回したり…
あれを踏むのは憧れでした。

「聞いた、聞いた」って言われて寂しそうな顔をする
祖母や母の顔が浮かびました。
次回で意気揚揚とおばあさんが何を話してくれるのか
楽しみにしていますね。

長々すみません。
ちなみに私、まったく書けてません。
引っ込めた過去作でひたすら
お茶を濁してる次第ですので
どうぞ訪問とかお気遣いなくm(__)m

2009/07/14 09:40
★舞さん★
お心遣いありがとう。

え?ミシンがあったの?まあ!
うちのは実用一点張りの素っ気ないミシンです。中にはインテリア性の高い網足のミシンもあるというのに、なんでまたコレ?ってかんじの代物。

>次回で意気揚揚とおばあさんが
読まれてるし。
仕方ない。これはHow to〜ものにするわ。プーリーを回さないで正の回転をさせるコツを次回伝授します。ええ。香澄と同じで、マグレでしかできないこのわたしが、50年の歳月をかけた考察よ。

ひと月、鳴りを潜めて思った。過去作だって近況報告だって、プログはアップしてナンボよ。わたしも書けないときは愚痴でもいいからアップする。又、伺います。
つる
2009/07/14 22:50
つるさん、おかえりなさい。
縁側ですいかを食べながら、読みたくなる物語ですね。
つるさんのミシンへの愛があふれています・・・

お母様が亡くなられたんですね。
私も一緒に住んでいた祖父を看取った事があり、何ヶ月間、呆然としていた事があります。
これがきっかけで、介護の仕事をしています。

この物語を書くことで、つるさんの気持ちが少しでも癒されますように・・・!


rain
2009/07/15 08:58
いきあたりばったりの連載で、早くも息切れです。
代わりに写真をupしたのでよかったらどうぞ。
rain
URL
2009/07/15 13:35
★rainさん★1
ただいま。いつもありがとう。
皆さんに気を遣わせてしまったわ。ごめんね。
確かに呆然としますよね。通夜まで待たされた3日間、じいちゃん(父)とわたしてば、何してたか記憶にないね、なんて話をよくします。

ミシンはね。大好き。できた作品はどうでもいいの。ダーっと、かけてる作業中が好き。

スイカはまだのつるでした。
つる
2009/07/15 21:37
★rainさん★2
おお!連載!
すぐ伺います。
つる
2009/07/15 21:38
昔、家庭科でミシンやったのを思い出しました。
電動じゃないやつで、なぜあんな古いミシンが学校にあったのか、そこが謎です。
そうそう、逆回転しちゃうんですよね。
おばあさんとのやりとりもノスタルジックでいい感じです!

銀河系一朗
2009/07/28 01:08
★銀河系一朗さん★
あっ嬉しいな。いつもありがとう。

てか、ええ〜!?足踏みミシンが家庭科室にぃ〜?!
わたしのときだってないよ。

>ノスタルジック
ほんとにね。このおばあさんたちくらいの年代は「戦争」でなくて「大東亜戦争」とか平気でいいますからね。彼らとのトークは、いつだってノスタルジック満点よ。
つる
2009/07/28 01:59
身近な人の死は、悲しいもあるけど、むしろ空虚になりますよね。ご冥福を。

ミシンといえば、話のミシンとは違うけど、
俺が幼児の頃、母が縫製会社に勤めていて、
でかい工業用ミシンをバリバリ使ってたのを思い出した。
ホムラ
2009/08/11 23:28
★火群さん★
いや違った。
★ホムラさん★
呼び慣れなくてごめんなさい。

そしてお気遣いありがとうございます。空虚。そんな感じです。ついこの前、母がわたしの台所で自分のセーターを洗っている夢を見ました。「そんなことしたって死んじゃったんだから着れないでしょう?」わたしの言葉に母は不思議そうな顔をしてました。
その母はミシンの達人でした。工業用ミシンの話もしてました。あれはむずかしいそうですよ。だだーっと針が進んでしまうんだそうです。思い切りがよくないと操れないみたいです。ホムラさんのお母様もきっと達人ね。腕に技術があるって素晴らしいと思うの。それは誰にも盗めない。
つる
2009/08/12 02:23

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