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zoom RSS 「死ね死ねバレンタインデー」3

<<   作成日時 : 2009/03/06 01:26   >>

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 晩飯どきのキッチンに菓子を焼いたような甘い匂いがした。
 お袋が俺の味噌汁をよそっている。そのエプロンの結び目を見ながら、小遣いの前借りを切りだそうかどうしようか迷っていた。差し出された盆の上に乗ったお椀を受け取って、 

「マドレーヌ?」

 俺が聞いてみた。前借りのことは言えなかった。新しいスパイクを買って貰ったばかりだ。それに前借りの使い道を聞かれるのもいやだった。今日がホワイトデーだけにへんな勘ぐりをされたくなかった。

「あら、わかる?」

 改めて鼻をくんくんとしてお袋が言った。キッチンにずっといて匂いに慣れてしまったらしい。

 マドレーヌはウチの定番のおやつだった。面倒くさがりのお袋でも作れるような焼き菓子だ。同量の材料全部を、ガーっと混ぜて、バーって焼くだけだ。

「もうねえの?」

 聞いた俺に、お袋が妹を庇(かば)うように言った。

「そうなの。カンナがね。友チョコのお返しに塾に持ってたのよ。いまどきのバレンタインて女の子同士でするのね」

「ふーん」

「あら、食べたかった?」

「べつに」俺が言ったとき電話が鳴った。

「もしもし。中村でござ、あらまあ、お義姉さん。この前はどうもぉ。ええ……ええ……あらぁ! そうなんですかぁ――」

 電話を取ったお袋がこっちに目配せをした。長くなりそうだわという顔だ。山梨の伯母さんだった。父方の祖母の七回忌を控え度々電話をよこす。お寺さんのことで揉めているのだ。

「ごちそうさま」

 やれやれ。食器を下げながら溜息をついた。これでよかったのかもしれない。

 しないと決めたお返しに一瞬でもグラついた俺。だけど金はねえ。前借りも言えねえ。どうにもならねえ。
 もともとそうなるようになってた。ゲーム(試合)だってそう。流れがある。流れに逆らえないことだってある。

 シンク横の作業スペースに無塩バターが出しっぱなしにしてあった。マドレーヌに使った残りだ。常温に戻したそれがスケールの目盛りで50を指していた。

 パスだ、と思った。 

 流れを変えるのはたった一本のパスだったりする。それを見過ごさないことが大事だ。

 すぐにオーブンを190度に温めた。小学校の頃までは本気で思ってた。パティシエかサッカー選手になるって。よくお袋と一緒にいろんなお菓子を作ったもんだ。マザコンじゃねーし。

 開けた冷蔵庫にラスト一個の卵。ラッキー。
 バターと同量の卵、小麦粉、グラニュー糖、目分量のベーキングパウダーをボールに入れて混ぜた。焼き型に流し入れるところで、長電話のお袋が、

「バター、バター! 型に塗って粉はたいて――いや、こっちの話。そうなんですかぁ。今年からお塔婆料が値上げって。それ、ずいぶんだわぁ――」

 やべぇやべぇ。それを忘れたら、タネが焼き型にくっついて取れなくなるところだった。
 久しぶりだったからうっかりした。

 タネは焼き型の一回分しかなかった。温めたオーブンで焼くこと13分。その間もお袋は長電話だ。すぐにオーブンからいい匂いがしてきた。

 ピー、ハーフタイムを告げる音がして回転皿が止まった。ミトンを使って焼き型をつかみ、焼きあがったマドレーヌの縁を竹串でつつくと、6個ともきれいに剥がれ落ちた。俺って天才。

 焼きたてを、そのへんにあった透明袋に入れた。袋はカンナの出しっぱなしだ。

「テープテープと」

 冷蔵庫の扉に貼られたピンクのシールで袋の口を留めた。

「――だからあ、郁夫さんのとこが息子をよこすんなら、うちだって勘太を連れていきますよ。だって、そこは分家同士、釣り合いってものがあるじゃないですか――」

 よどみなく喋り続けるお袋が、受話器ごしに意味深な目付きで俺を見てくる。バレた。

 そりゃそうだ。自分で食うだけならわざわざ袋詰めなんかしねえもんな。

 長電話バンザイ。

 キッチンを早々にオサラバする。 
 




――つづく――




パティシエ→洋菓子職人。
塔婆(とうば)→「卒塔婆(そとうば)」の略。 お盆などの時に菩提寺にいただいて、先祖の供養をする為にお墓の背後にたてるものです。
焼き型→中村君が使ったのは、きっとこんなの。



 卵は、Mで58g以上64g未満、Lで64g以上〜70g未満。ほとんどが卵白の量の違いなんですけど、その卵白がスポンジを膨らませてくれるんですねえ。

 下にあるのはウチのレシピです。え?中村君、BP(ベーキングパウダー)入れてないって?そうなんですよー。あと作り方もね。違ってんのよー。こういうのは間が空くとだめなんです。


今日のBGM→チョコレートディスコ/ぬれあ
今日の動画→バレンタインデーにモテない男だと悟られない講座/01:57


小学生も視野に入れてフリ仮名をつけます。読みづらかったらごめんなさい。



マドレーヌ
【材料】
薄力粉 100g 
無塩バター 100g 
砂糖(グラニュー糖) 100g 
卵 大2個
BP(ベーキングパウダー) 小1/5

【作り方】
@薄力粉・砂糖・BPを合わせて2回ふるう。
Aボウルに卵を溶きほぐし薄力粉を一度に入れる。
 泡立て器でマヨネーズ状になるまで混ぜる。
Bバニラエッセンスかレモンエッセンスを入れて混ぜる。
C耐熱容器でチンしたバターを熱々のうちに木べラで受けながらAに入れる。
 木ベラで切るように混ぜる。
Dマドレーヌ型に流し入れ、180度のオーブンで15〜20分焼く。

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
手早くお菓子を作れる男の子なんてカッコイイですね。ママのフォローもさりげなくて素敵です。
いいなぁ、この話。本当にホンワカしちゃいます。
照れずにちゃんと渡せるかな(^^
ia.
2009/03/06 01:50
ia.さん、いつもありがとう。
手早くコメを研げる男もいいですよ。
こういう子がウチにもいましたっけ。小学校限定で。
ああいうのって本人の資質よね。やらない子はやらないしやる子はやる。そういえば金髪のパティシエがいるじゃないですか。そう。自由が丘の「モンサンクレール」の辻口シェフ。彼も幼い頃に友人の家でショートケーキを食べてから、ケーキ職人になるって決めてたそうですよ。手先の器用さもあるかもしれないけど、一度食べたここのケーキは味もデザインも繊細でした。
照れずに渡せればいいけど、渡すまでが大変な中村君です。4回になりそう。連載でごめん。
つる
2009/03/07 00:11
えっと、アップしましたのでリンクよろしくです。
誤字脱字変換ミスなど見つけたらご指摘お願いします。

ごめ〜ん。
『ホンワカ・デー』の感想はこの次に書きまーすm(__)m


2009/03/07 00:17
舞さん、ご連絡ありがとう。
それにしても参加表明からアップまで早いわー。余裕ですね。さっそくリンクさせていただきました。
あ、わたしのことはお気遣いなく。連載になっちゃったから申し訳ないくらいです。
つる
2009/03/07 01:40
オー律儀、律儀。
さすがA型(^.^)b
ウンコ泣いて喜ぶよ。
ミルキーより何倍も勘違いするね(笑)

お母さんの意味深な笑い。
経験有るわぁ〜♪

2009/03/07 09:49
舞さん、さっそくありがとう。
A型がそうだとは限らないんだけど、一般的な認識として、ここではそう言い切ってしまった。そのほうが話が早いんだもの。
そうそう。なんでもお見通しよ。参考書買うから、言われて信じる親なんているのかしら。承知の上で騙されてやるのよ。嫌味目線はせめてもの抵抗よ。
つる
2009/03/08 01:56
ごめ〜ん!こちらで失礼しまーす。
第2作目アップしましたので
宜しかったらこいつも仲間に入れて下さい。
1作目は青春編、2作目は大人編です♪

2009/03/10 00:18
舞さん、了解です。
さっそくリンクさせていただきました。
それにしても2作もだなんてすごい。
青春編と大人編なのね。これから伺います。
つる
2009/03/10 20:45
ふむふむ。なんだかつるさんが書く、男の子の一人称語りも、新鮮でいいすねー。うちはお菓子作りとかまったく無い家庭だったので、お菓子作りの上手い女の子にはコロっといっちまいます(笑) 男って単純だよねー^^;
レイバック
2009/03/13 17:54
レイバックさん、いつもありがとう。
新鮮というか、ここのシーン、苦しかった。大雑把にしたい男目線がちんまりとした印象にしかならないの。何回か書いてコレ。
そうなの?お菓子でいっちゃう?ふーん。絆創膏とかお菓子とか、意外とカンタンな男なのね。
と見せかけた――
フクザツな男と見た。
つる
2009/03/13 23:33

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