ハキダメにつる

アクセスカウンタ

zoom RSS 「新春大カルタ大会」後編

<<   作成日時 : 2009/01/16 00:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

「新春大カルタ大会」後編

 純一さんの応援も手伝って、トモ君の手に何枚かのカルタが握られました。それでも、紀子とマキちゃんには到底及びません。
 白熱するカルタに、姉妹でお喋りに興じていたお母さんと伯母さんも、にじり寄ってきて輪を覗き込むようしました。

 カルタはどんどん進みます。
 畳に置かれた取り札が、あと一枚になりました。でも、お祖母さんの手にあるカルタは二枚です。取り札と読み札の数が合わないのです。すると、お祖母さんはカルタを切るような仕草を何回かなさいました。どちらを読もうか迷われたのでしょう。紀子はそれを見て慎重になります。お手つきをしたら一回休みだからです。

「ばあさん。燗(かん)してちょうだいよ」

 さあこれからっていうときに、お祖父さんが無粋なことを仰いました。お酒がなくなったと言うのです。

「はい、ただいま」

 お祖母さんがお祖父さんへ向いて返事をしてカルタが中断されますと、ちょうどお祖母さんのうしろの障子がすっと開けられて、廊下から冷たい空気が流れ込んできました。みんながそちらを向きます。部屋に入ってきたのは、手洗いから戻った紀子のお父さんでした。お母さんの顔はお父さんを見なかったように取り札に戻ります。

「紀幸さん、ちょうど良かった。これを読んでくださいな」

 お祖母さんがお父さんに言って、皆に見えないようにした読み札を渡しました。お父さんの大きな手に二枚の読み札がすっぽりと隠れます。さあ、どちらの札が読まれるのでしょう。

 取り札は「き」でした。皆が畳のカルタを見つめる中、紀子だけは、そっとお父さんの口元を見ます。口角が横に引かれたら「き」だ、と思いました。
 お父さんの口は少しとんがったようになって、

「臭いものに蓋(ふた)」

 と仰いました。バタッと円座の中に倒れ込んだのはトモ君です。カルタはお腹の下です。

「お手つき、お手つき」

 マキちゃんにはやしたてられて悔しいトモ君は、マキちゃんの取った札の山を崩すようにしました。

「なにするのよ!」

 マキちゃんがトモ君の髪の毛をわしづかみにしました。慌てて大人が止めに入ります。

「ルールはルール」

 トモ君のお母さんが言って聞かせると、トモ君は大人の中で言われたことが恥ずかしかったのでしょう。言ったお母さんの背に回り、おぶさるようにした一回休みです。

「よし!」
 
 トモ君が抜けたせいでしょうか。純一さんが袖口をまくって言ったので、紀子もマキちゃんもその本気の構えに煽(あお)られる気がしました。由布子姉さんも身を乗りだすようにしています。緊張のクライマックスです。

 お父さんが、読み札を持ったまま、ちょっと考えるふうになりました。すぐには読みません。紀子はお父さんが、みんなのフライングを防ぐために、間を取っているのかなと思いました。次に読まれるのは「き」しかないのです。お父さんは澄ました顔で、

「昨日はゴルフに行ってごめんなさい」

 と言うと、「はい!」マキちゃんが札に飛びつきました。この二人の掛け合いが絶妙だったせいで、まわりの大人たちがどっと笑いました。紀子はポカンです。だって、それまで読まれた札は、みな古くさい慣用句です。今のは、ただの話し言葉ではないですか。
 取ったマキちゃんもやっとポカンです。どうやらマキちゃんは自分の名前の「き」だけしか聞いていなかったようです。

 まだ笑っている大人たちを見て、紀子はようやく気づきます。お父さんの一言で、ここにいるみんなが事情を察しました。紀子のお母さんとお父さんがよそよそしいのを知っていながら、それでも心にしまってあって、その気詰まりがいっぺんに無くなった雰囲気です。
 トモ君を背にした伯母さんは、体を二つ折りにして笑っています。その隣で笑っていたお母さんが、傍にあったティッシュペーパーを引き抜いて目じりを抑えました。

「ああ、おっかしい」

 お母さんにとって、涙がでるほど愉快な出来事だったようです。

 読み終えたお父さんが照れくさそうにしてから、持っていた札を置いて、自分の席に戻りました。
 これでカルタ会は終了です。マキちゃんが自分が取った札を数え始めました。紀子はお父さんの置いた札を見ています。置かれているのは「き」の読み札でした。「聞いて極楽、見て地獄」
 面白くもなんともない字だけの札を見ているうちに、紀子がニッコリします。

 きっと、帰り道にするはずの、両親の通訳をしないで済むからでしょう。




――おわり――


2009/01/16少し書き直しました。
2009/01/28またまたいじくりたおしました。


犬棒カルタ参考URL


 親のケンカはいやでしたね。そんなの思い出しました。
 最後まで読んでくださってどうもありがとうございました。

 お正月に壺井栄を読み返しました。改めて良かったのは「あばらやの☆」ちゃう。「あばらやの星」
 それは、戦争が終わってすぐのころの、コマツとサンゾウという物乞いの子供の話なんです。冒頭から引っぱられます。でもね、形こそ違っても、今だってありえる話なんじゃないかと思うんです。

 他人からどんなに不幸だと思われていても、当事者は案外とそれほど不幸に感じてないんですね。自分に置き換えてみると、全くそうです。直面する事実に向き合うだけです。それを他人にどうこう言われたくなんてありません。だから自分も人のことなんて言えないんだ、そんなこと思いました。読みかたも歳とともに変遷しています。

 このお話のことは、また、夏休みの読書感想文として、今までに登場してくれた子供たちに書かせたいと思っているので、ここまでにします。昨年、それをしそびれました。他に書くものないんだろって言うなよ。それをきっかけに壺井栄を読んでくれたらいいな、なんて思ってます。


今日のBGM→クリック。早春賦


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
自分の思いを歌に詠むなんて、粋なお父さんですね(笑)お母さんも惚れなおしたのでは?
最後の札が「聞いて極楽、見て地獄」も笑えますね。
良かったです。お疲れ様でした。
ia.
2009/01/17 02:10
ia.さん、いつもありがとう。
そして、お疲れ様、にもありがとう。読み返すと、あんましパンチがきいてないわ。なんかね、こどもの様子とかを書くのが好きなんですよ。こういう仕草って、こんなこと考えてんじゃねえか、あんなこと思ってんじゃねえか、そういうのを逡巡しながら、書いているのが楽しい。それが、おもしろいのかどうかは、ごめん。又、がんばります。お、次記事にもia.さんのコメが!→ささ、いらして、いらして。
つる
2009/01/18 01:51
遅ればせながら読ませていただきました(^-^)
最後のお父さんのセリフ、思わず笑っちゃいました。素直なお父さんですね。

児童文学について個人的な意見をひとつ書いていいですか?(返事も聞かずに書いちゃいますけど^^;)

児童文学にもいろんな形態があるとは思いますが、ひとつ共通しているのは、教訓みたいなものがあるんじゃないかと思います。
ぼくが今も覚えている道徳の話で「星野君の二塁打」というものがあります。
少年野球の試合で星野君は、監督からバントを命ぜられたのですが、「打てるような気がする」星野君はそれに逆らいバットを振りました。するとそれが二塁打になり、結果的にそれが決勝点になってチームは勝利を収めました。しかし結果がよかったからいいものの、命令に背くのはいけないのではないか。監督は子供たちに考えさせます。というような話です。
(長くなってきたので、つづきます)
shitsuma
2009/01/21 20:17
(つづきました)
こういったような試練を用意して、子供に何かを考えさせるというのは、児童文学には結構重要じゃないかな、と思ってます。
今回のつるさんの小説でしたら、主人公の紀子ですね。彼女に試練とはいかないまでも、もう少し何かを考えさせる場面があってもよかったんじゃないかな、と思います。読者も一緒になって考えてくれるような・・・。

と、これはあくまでも、ぼくの児童文学に対する考え方なので、こんな意見もあるんだな程度に受け取ってください。もし論点がピントを外していたらすみません(^-^;)

長文コメ失礼しました^^
shitsuma
2009/01/21 20:29
shitsumaさん、いつもありがとう。
そして児童文学についてもどうもありがとう。
そうなのそうなの、その通りなの。この話で伝えたかったのは「心配り」です。この主人公は無力だけれど、両親の不仲を心配して胸につっかえがあるんです。人に無関心ではいけませんよっていうことをさりげに書きたかったんだけど、始めと最後にしかそれを書かなかったから薄かったと思いました。あとでカルタのシーンに足りないところを足してみます。こういう感想は本当に助かります。
shitsumaさんの読まれた道徳の本の「星野君の二塁打」今でも覚えてるなんてすてき。そんなふうに人の記憶に残るものが書きたいな。それってきっとひとつひとつの文章じゃないわね。イメージだわ。読み手に与えるイメージ。でもそのイメージは読み手の経験値にも左右されるから、多くの人がとっかかりを持てるもののほうがいいわね。→つづく
つる
2009/01/21 23:22
→つづいた
理想はそうね。目先のストーリーに追われてページを繰るけど、あとから「やられた」みたいな感じがするものを書きたいわ。教訓もにしてもコンセプトにしても、かくれんぼがいいわ。
だけど、薬くさくないコーラはコーラじゃない気がするのと同じで、プンプンにおったほうがわかりやすくて受けるかもね。
文章のうまい人って、わかりやすくても、そこが嫌味じゃないからすごいって思いませんか?あらら、最後ふっちゃったよ。
つる
2009/01/21 23:49
こんばんは。マキちゃんGJw うん、胸がすっとするオチですね。これは。それにしても、この文体で書き切れるつるさんがすごいよ。壺井栄さん読んでみようかなーって気になってます。つるさんの影響で(笑)
レイバック
2009/01/28 00:24
レイバックさん、いつもありがとう。
GJてグッジョブのことか。なにかと思っちゃった。
レイバックさんが来て、慌てて薄かった部分を直してしまった。なかなか重い腰が上がらなかったからいい機会でした。
ほんと言うと、こんなかんじで書いていきたいんだけど、あんまり面白いとも思えないのよね。そんなんで足踏みしてるのが<目次>の「おばあちゃんのミシン」
壺井栄は、わたしの趣味だからどうかしらね。知り合いによく言われるんです。わたしって話が大きいんですって。だから読んだらガッカリするかもよ。
つる
2009/01/28 23:39
面白い議論してますね。
最近読んだ桜庭一樹さんの本に、ローリングスの「小鹿物語」の一節があって、子供心にとても考えさせられたことを思い出しました。子どもに考えさせる話っていうのもいいですよね。
児童文学は奥が深い(^^
(小鹿物語:かわいがっていた小鹿が成長して農園を荒らすようになり、悩んだあげく射殺した少年の話)
ia.
2009/01/31 13:40
ia.さん、ここにもありがとう。
そうなの。訓示めいた話がテーマになったんだったわ。「小鹿物語」のストーリーで、少し前に実際にあった日本の小学校の話を思い出しました。給食の残飯をやって飼育していた豚が出荷される話です。こういうのって普遍的なテーマなんだわ。だから、手をかえ品をかえして、ずっと語り継がれていくのね。
ああ、そうか。考えさせるのはいいけど、結論を言っちゃだめなんだ。そこんとこふまえて書いていこう。なんかそんなこと思いました。
つる
2009/01/31 23:58
面白かったです!
子供の目線で展開していながら、最後、お父さんとお母さんの大人の喧嘩のオチってのが卓越してますね!
うーむ、なかなかすごいイイですよ!
これぐらいの長さだと一番短編の面白さが出しやすい、かもねぎ、しれとこ、ないりんさ、と思いましたw
銀河系一朗
2009/04/22 19:18
銀河系一朗さん、連コメありがとう。
あらっ、嬉しいコメントがついたわ。よかったぁ。
久しぶりに読み返して、書いた当時をカンペキ思い出しました。これ、何度か書き直してるんです。子供たちのカルタという目先の出来事に追われるうち、はじめのコンセプトが薄れたからです。
でもね。これでわかったことがひとつある。話に意外性を持たせたいなら、一旦途中の部分で、読み手の関心を外すのが大事なのね。
とにもかくにも、短編は難しい。それだけはわかった。せめて、前編と後編の二話で終わりにしたかったなあ。
>かもねぎ、しれとこ、ないりんさ
かも・しれ・ない、の略ね。
つる
2009/04/23 03:12

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ 人気blogランキングへ
「新春大カルタ大会」後編 ハキダメにつる/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる