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zoom RSS 「高円寺物語」17

<<   作成日時 : 2008/10/18 15:13   >>

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「高円寺物語」17 


「はい。今日は前日運行のふれおどりだから、20時までです」

 友達言葉からさっと切り替えた志乃が答えた。見ると、声を掛けてきたのは身なりのいい老夫婦だった。
 近くで、わあっと嬌声が上がった。ガード下の通路は両脇に飲食店街が並んでいる。居酒屋もあれば、ラーメン屋、アジアンな料理店。どの店もお祭りの熱に当てられた人たちが、舗道まで広げられた即席のテーブルや椅子で盛り上がっていた。間口を開放した焼き鳥屋さんの奥で時計の針が9時10分を指している。
 
「ああ、そうなんですか。どおりでね。へんだと思った。しばらく歩いてみたけど、いっこうにそんな気配がないもんから。そうか、終わっちゃったんだ。やー、こりゃあ、失敗したなあ」志乃を前に頭に手をやるおじいさん。

「よく調べないからですよ。だから思いつきはだめなんです。珍しく出かけようなんて言うもんだから、こっちもその気になっちゃって、振り回されてバカみたい――」 

 横で批難めいたことを言うおばあさん。それをなだめるように、あたしが言った。

「明日とあさっては21時までです」
 
「明日・あさってはね、だめなんですよ。新潟の親類のところに行くもんですから。甥っ子の、といっても主人のほうの甥っこなんですけどね、その長男の結婚式があるんです。その子はね、アキラ君ていって農家を継いでるの。八枚の田んぼと畑を少々。今の若い人は農家を敬遠しますでしょ。だからなかなかいいお相手が見つからなかったの。それでもね。見つかったのよ。当たりまえよね。アキラ君はいい子なんですもの。合鴨農法を取り入れたのもアキラ君なのよ。合鴨農法ってご存知かしら? 野生のマガモとアヒルの交配種をね、田んぼに放し飼いにするの。そうすると雑草や害虫を食べてくれるから農薬なんていらないのよ。それに合鴨の糞が有機肥料にもなるから一石二鳥なの。そうやってこしらえたお米は美味しいのよ――」

 はいはいはいはい、わかったわかったわかった、どんどん脱線していくおばあさんの話を、おじいさんが「昭和のいるこいる」の漫才みたいに受け流して志乃に言った。

「おや、笛、ですか?」

 あたしたちの肩先からのぞく篠笛を見たようだ。

「いや、これは、ただの『見せ笛』です。まだ練習中なんです」

「懐かしいなあ。いえね。わたしも若い頃、ちょっとだけかじったんですよ。六本(調子)ですか? 七本ですか?」 

「七本です。吹きましょうか?」

 志乃が肩口の笛に手をかけた。

「ちょっと、志乃」あたしが止める。若独楽が注意されていたシーンを思い出したのだ。

「いいじゃん。大丈夫だよ。わかりゃしないよ。この騒ぎだもの」

 盛り上がりを横目に志乃が言った。そうだ。彼女は進化中なのだ。

「いいんですか?」「まあまあまあまあ」おじいさんもおばあさんも志乃の提案にびっくりしているようだ。

「そだね」あたしも進化に便乗だ。

「じゃ、あれね」志乃がいう。言わなくてもわかる。

2232 3234 64320 ゝ 02320 ゝ 020六五 五六0六三五

 「越後獅子」の数字譜が浮かんだ。あたしたちは、これと「さくらさくら」しか吹けない。さっき、おばあさんが「新潟」を口にしたから、もちろんこっちだ。新潟は昔でいう越後の国だと知っていた。

 あたしは背から抜いた笛を持ち直して、指孔を指で塞(ふさ)いでいった。構えは、管尻を笛一管分下げて肘を張り、重心はやや左足。笛の名人は立ち姿だけでも十分美しいという。せめてもの姿勢、それを意識した。

 歌口に唇を当てて、せーの、志乃と目でタイミングを取って息を吹き込んだ。互いの音に神経を集中させる。奏でる音色はへたくそで色気も何もなかったけど気持ちだけは込めた。吹きながら、角兵衛獅子を想った。

 越後獅子は角兵衛獅子の口上を唄った長唄だ。角兵衛獅子というのは、ざっくりいうと、親方に連れられた、頭巾(ずきん)やタッツケ袴の7〜8歳の子供がとんぼ返りや逆立ちなどの曲芸を演じて投げ銭を集めるという、雪深い越後の山村の出稼ぎのようなものだ。江戸後期に流行したけど、明治になって、児童虐待(禁止)法が出来てからは廃止された。そんなことを笛もたしなむ三味線のお師匠さんから聞いた。

 吹いてるうち、少し離れた所に角兵衛獅子が見えた。側転と出来損ないの逆立ちの兄弟だ。角兵衛獅子の頭巾て、キムタク巻きの白い手ぬぐいなんだな、ってオイ! タカ・トシだ。

 ピャ〜。あたしの音程が狂った。 

 ちょうど通りかかった仲間内の先頭で二人がはしゃいでいた。その仲間の誰かがこちらを指差して、二人の動きが止まった。こっちを見ている。

 見るなよ。

 外れた音程に、おじいさんとおばあさんは笑わなかった。むしろ神妙な面持ちだ。よそ見してごめんなさい。必死で立て直す越後獅子。敷石に落とした視界に、一人また一人と足を止める人が見える。

 短い演奏が終わると周りで小さな拍手が起きた。あたしたちは薄い人垣に照れて、下を向いたまま何度もお辞儀を繰り返した。

「いやあ、良かった良かった。本当に良かった」 

 感極まったような声でおじいさんが言うと、うんうんとおばあさんが相槌を打った。それに何と答えていいのかわからない。あたしと志乃はどうもと言うだけだった。おばあさんが手の平をあたしに向けた。

「あら。そういえばこちらの方。さっきからどこかでお目にかかったような気がしてたんだけど」

「この娘さんに?」

「ああ、そうだ。あの子だわ。あの子にそっくり。テレビに出てた、ほら」

「テレビのあの子、と言われてもなあ」

「ほらほら、えーとえーと。NHKの。えー、何でしたっけ。あ、そう! そうよ! 『澪(みお)つくし』だわ。それに出てた――」

「おお。あの子か」

 おじいさんがポンと手を打った。シルバー世代から決まって言われることがある。もう20年以上も昔の朝ドラのヒロイン、その人にあたしが似ているんだそうだ。

「ね。そっくりでしょ。ほんと、きれいなお嬢さん。親御さんからしたら、さぞご自慢の娘さんなんでしょうねえ」

「いや、親とか全然――」
 
「優しいお顔、してらっしゃるから」

「そ、そんなこと――」

「きっとあれね。お顔と同じで、お心もお優しいわ」

「いや、だから――」

「これからもがんばってね。わたし、嬉しかったわ。あなたたちにお会いできて嬉しかった。本当よ。素晴らしい笛だったわ」

「だめです。全然だめ――」

「ううん。そんなことないわ。ほんと、すてきだった。わたしら、年寄りですからね、あなたたちと二度ともうお会いすることもないかもしれない。でもこのことは忘れませんよ。ずっと応援してるわ。嘘じゃなくて。だからね、大変だろうけど、がんばって。がんばるのよ」

「……」


 おばあさん。


 だめなんです。

 
 沢口靖子じゃ、だめなんです。


 「沢」は「沢」でも、


 今は、


 沢尻エリカなんです。





――つづく――




合鴨農法で作られた米クリック。アフィリエイトちゃうよ。
澪(みお)つくし→「澪つくし」は、1985年のNHK連続テレビ小説で、当時は最高視聴率が50%を超えるほど人気番組でした。そのヒットの一因となったのは、沢口の熱演です。彼女はこのドラマのヒロインかをる役で一気に国民的女優になりました。
タッツケ袴→相撲の呼び出しのように、裾を絞った袴(はかま)。
越後獅子参考URL
越後獅子記譜参考URL



担当編集者「か、角兵衛獅子とか。なんでそんな話になるかなあ」
つる「実に、いたいけな話じゃないか」
担当「数学はどうなったんです、数学は。戻れるんですか、これ」
つる「と、思う」
担当「数学に戻って、更に阿波おどりに戻るンすよ」
つる「うん。わかってるよ」
担当「かー、いらねえ、ここ。『葉桜の季節に〜』の主人公のチンピラ時代くらい、いらねえ」
つる「うるさいよ」


 今日のBGM→クリック。愛を感じて

 小学生も視野に入れてフリ仮名をつけます。読みづらかったらごめんなさい。


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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
越後獅子が吹ければすごいですよぉ。
そこに私が居れば三弦で伴奏つけたのに
残念!(笑)

でも喜んでもらえてよかったですね。
沢尻エリカよりも沢口靖子の方が綺麗だと思いますよ。
でもダメなんですよね(++;

そうそう出だしの
<友達言葉からさっと切り替えた>っていうフレーズが好きです。

でもこの中で一番の爆笑?は
>「昭和のいるこいる」の漫才みたいに受け流して志乃に言った。
このネタ大好きなんですよ〜♪

2008/10/18 21:02
舞さん、いつもありがとう。
越後獅子って難しい曲なの?初心者で長唄もどうかなあ、と思ったんだけど、笛のエピソードを入れたかったからね。ここは大目に見てね。だって曲名変えたら、この部分、全部コケル。アブネー。
沢口靖子、きれいでしたよー。この人かアグネス・ラムなら、顔、取替えっこしてもいいわ。くらいに思ってました、当時。(おいおい)
あ、文章に触れてくださってありがとう。意識してなかっただけに嬉しいかもです。
「昭和のいるこいる」は、何故か、お正月番組でしか見ないなあ。でもすごいインパクトですよね。

つる
2008/10/18 23:40
『葉桜の〜』のチンピラ時代はミスディレクションとして必要なんですよ(笑)だからきっとこのシーンも。二人の礼儀正しさや優しさが伝わってきて良かったです。
余談ですが、学氏時代の沢口靖子には親衛隊があったそうですよ。
ia.
2008/10/22 22:51
ia.さん、いつもありがとう。
>ミスディレクションとして必要
なるほど、なるほど。ia.さんはやさしいなあ。
じゃあ、角兵衛獅子のところも大目に見てくださいますね、きっと。良かった。とにかく笛は小道具として登場させておきたかたんですよ。大して役に立つわけじゃないんだけどね。
沢口靖子の親衛隊、やだ、彼女、かっこいい。わたしが当時知っていた情報は、彼女の通う学校で彼女を知らない奴はモグリだといわれてたくらい知名度があったということです。瀬戸朝香も、もっと昔でいうと佐久間良子もそうでした。美人は周りが放っておかないのね。羨ましい。そう、綾瀬はるかが言ってました。外見を褒められるより「センスがいい」とか「本、よく読むんだね」とかそういうことを言われる方が嬉しいんですって。今度からわたしもそう言ってみよう。
つる
2008/10/23 01:05
新潟、地元でも角兵衛獅子は生で見たことないですね、残念。テレビでちらっと見た記憶はありますが。
>数字譜 洋数字と漢数字は意味が違うんですね?
沢口靖子は正統派美人?ですね。

銀河系一朗
2008/10/24 00:04
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
地元でも見ないの?じゃ、知らない人のほうが多いんだ。なんかさみしいね、それも。
あ、数字譜のことは深く突っ込まないでください。そのまま丸写しですから。どうやら数字が、ギターコードの役目をしているようです。
いまどきの顔ってありますよね。きれいでも目立たない顔立ちの人っているんです。やはり時代に乗らないとだめなのよ。わたしもそういうくくりでお願いします。
つる
2008/10/24 22:38
「葉桜」のタイトルを出されたら、ぼくが黙っちゃいない・・・と思ったら、先にia.さんに書きたいことを書かれてました(笑)ぼくは今まで読んできた小説の中で、この作品がいちばん好きなんです^^
主要登場人物のキャラが掘り下げられて、よかったと思いますよ。これがさらに伏線に・・・それはさすがにないですね^^;
shitsuma
2008/10/26 22:43
shitsumaさん、いつもありがとう。
えー?意外。「葉桜」の主人公はいいね。ああいう心意気が、わたしは好き。チンピラ時代にケチをつけたのは、家族を「愚妻です」とか「愚息です」とかいうようなもんだと思ってください。
そうなんです、キャラを掘り下げつつ、次へ繋げたかった。でも、できない。仕方ないんだよ。力不足。その分、後半頑張ります。
つる
2008/10/26 23:49

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