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zoom RSS 「わたしが死んだらノート」7

<<   作成日時 : 2008/08/16 19:54   >>

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「わたしが死んだらノート」7

「温泉旅館の寝巻きじゃないんだからさー」

 出勤する私を玄関まで追い駆けてきた母に、パンプスの踵(かかと)を入れながら言った。
 私の言葉に、広げたトンボ柄が折りたたまれて、母の胸の前に収まった。

「だって、陽子がこういうのがいい、て言ったじゃない」

「言わない! 言・っ・て・ま・せ・ん! そうやっていつもお母さんが聞き間違えるんでしょう? だいたいさぁ、見てればわかるじゃん。今は色物が流行(はや)ってるんだよ」

「いや『白地』て聞いたから」

「だから、言ってない! しつこい! 言ったのは『白地じゃないやつ』で『白地』とは言ってませんから。人の話はちゃんと聞いたほうがいいよ。わかった?」

 帰ってきてからでもいい話を、わざわざ朝の慌(あわただ)しい時間にしてくる母が煩(わずら)わしかった。シュンとなる気配を背後に感じて「いってきます」あてつけのように乱暴にドアを閉めた。
 それが先週半(なか)ばの話だ。





「先週、お袋が俺ンとこ、来る来る、言ってたのはこれのことかぁ」

「へー、行ったんだ? 三四郎、持って?」

「さ、三四郎て。茶化すなよ。てゆーかさぁ、俺、忙しかったんだぁ。サマフェス(サマーフェスティバル委員会)とか、六校(六校協議会)とか、あと成績表の下準備とかでさ。今、ああいうのって個人情報になるから、気軽に自宅に持ち帰れないんだぁ。そんなんでずっと帰りが遅かったから、俺、言ったんだよ。お袋の好きな時間に来て荷物でも何でも置いていけばいい、てさ。だって、マンションの合鍵、持ってるんだぜ。そう言ってるのに、しつこいんだ。なら、早いのはいつなんだ? て」

「しつこいよねー、お母さんていつも。だけどさ、たまにはお兄ちゃんの顔が見たかったんじゃないの?」

「そうかなあ」

 母は時々、兄のところに行ってた。そういうときは、缶詰、乾物の類(たぐい)はもとより胃腸薬、シャンプー、ティッシュペーパーの果てまで詰め込んで、いそいそと出掛けるのだった。
 その割りには早く帰って来た。兄が相手をしないからだ。

「そうだよ。そんでどうしたの」

「そんで、早そうだったら又電話するわ、てなって」

「それきりなんだ」

「……」

「かわいそう、お母さん……」

「まさかこんなことになるなんて思ってなかったからさぁ」

「ほんとだよ。どうして……」どうして気持ちよく、お礼が言えなかったんだろう。

「だけど何で浴衣なんだ? 俺は『甚平』を頼んだんだ」兄もか。

 母は確かに「話を聞かない」オバサンだったかもしれないけど、私達もまた「話を聞かない」子供だった。
 母が喋ると片手間に聞き流した。何故なら母の話はつまらない。どんなにお野菜が高くたって、どんなにお隣の木槿(むくげ)の枝がウチの雨樋(あまどい)をつついたって、私達には関係のないことだ。どうしてそれがわからないんだろう。
 とにかく、まともな話なんてしたことなかった。たまに母と話す時、それは今回の浴衣のように、こちらから一方的に頼みごとをする場合だけだ。
 父だってそう。兄だってそう。私だけじゃない。


――あらっ、美味しそう。
――そうかな。
――うん、陽子にしては上出来。やるじゃない? ちょっと味見させて。
――だめだよ。材料、ちょうどしか買わなかったんだもの。箱が空(す)いちゃう。今度ね。
――今度、て来年のヴァレンタイン? 
――失礼しちゃう。今度、仕事が暇になった時にでも又作るよ。
――じゃあ、楽しみにしていい?
――いいよ。

 兄と同じくそれきりになった。
 そもそも私はヴァレンタイン・デー限定のパティシエなのだ。そんなにお菓子作りが好きなわけではない。
 そんなわけでフードプロセッサーが欲しかったのは、むしろ母の方だ。素直じゃないから父に頼むのに私の名を出したんだろう。


 だけど、祖母のボケは本当だった。まだらボケてやつ。
 もともと惚(とぼ)けた人だった。大腿骨骨折で入院してから、症状がはっきりしてきた。
 初めて「どちらさんでしょうか」と祖母が口にした時、母は号泣したそうだ。伯母から聞いた。
 その祖母のセリフに私達兄妹は笑った。母の気持ちも知らないで、まるでギャグだと腹を抱えた。


 そしてお祭りだ。
 兄が太鼓を叩(たた)いた最後の年。小学校一年から続けてきた町内の笛睦会(ふえむつみかい)を、兄は毎年辞めたいと言っていた。それなのに子供の叩き手がいないと困るからと、もう一年もう一年とお願いされて、それでもやっと「来年は中学かい、年頃だから仕方ないか。じゃあこれでもう本当に最後だ」と笛睦会のお世話役が了解した年。母はカメラを持って、山車と神輿に付いて歩いた。

 その日のスナップ写真がある。暑い日だった。山車や神輿の子供達には休憩所の度に、冷たいものが振舞われる。どこかのお宅の軒先だ。お団子の髪が期待してたより良い出来で、友達と並んでご機嫌の私と、少し空(あ)けて長い撥(ばち)を小脇に挟んだ兄が立っている。3人の中で、兄だけがしかめっ面(つら)だ。いやいやの太鼓だった。
 母は日傘の下で何度も何度もハンカチで汗を押えては、私達に向けてシャッターを押した。

 一時だけど、私は高校に通えなくなったことがある。よくある友人関係のもつれ。自室にこもって中学時代のアルバムを繰り返し見ていた。
 アルバムなんて、そうしょっちゅう見るものじゃない。へこたれたときに限って見るものなんだと、そのとき知った。
 人は良いことばかりを思い出したがるものだ。

 お祭りをやり過ごしながら、母も又、過去を振り返っている。



 ただの日記。

 そこに、ありふれた日常が綴(つづ)られている。


 ブログに嘘はない。だけど見えない部分がある。そこが胸を痛くする。


 





――つづく――



パティシエ→パティシエ (pâtissier) とはフランス語で菓子製造人を意味する名詞の男性形。女性形はパティシエール (pâtissière) となる。日本では主に「スイーツ」と呼ばれる洋生菓子やデザートを作る職人の名称となっている。和菓子職人をパティシエと呼ぶ事はない。参考URL。
撥(ばち)↓孟宗竹を割って長さ70〜80cmに切ったものです。参考URL。
画像





木槿(むくげ)→アオイ科の落葉低木。非常に成長が早いです。参考URL
画像







井上マー→お笑い芸人。「聞こえる」そういうネタがあります。


 な、長いね、長すぎました。反省。
 ここで出てくるお祭りのことは、いつになるかわからないけど、小学生が主人公の話でちゃんと書きたいです。その時のためにジャブで軽く入れてみました。こんなとこで練習すんなよ。

 今日のBGM→クリック。何故に太鼓?いいんだよいいんだよ。 

 小学生も視野に入れてフリ仮名を付けます。夏休みですからね。読みにくかったらごめんなさい。
 

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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
ありゃ〜つるさん、我が家に盗聴器つけてません?
なんだかリアルなんですけど。
子供は人の話をいい加減に聞いて
いい加減に返事して、後になってから
そんなこと言ってないとか、聞いてないとか。
そんな話年中です。
ほんとリアルだわ。
それにアルバムの話も全くそのとおり。
へたれた時についつい過去の栄光を
思い出したくて見ちゃうんですよね。

URL
2008/08/16 23:18
子供たちの会話を聞いて、前回のお母さんのブログを読み返したくなりましたよ。家族にはさみしい声が聞こえるんですね。うーん。奥が深いなぁ。
ia.
URL
2008/08/17 00:38
うう…耳が痛い……
そうなんだ。
ついつい母の言葉は聞き流しちゃったりしちゃったりしてねぇ^^;
いかんいかん。
先日そんな母と二人で食事に行きました。
色々と親不孝な息子ですので、
元気な内に親孝行しなきゃなー。
と思いますよね。
孫の顔もそろそろ……
なんて、今回は色々と読みながら考えさせられましたよ(笑)
レイバック
2008/08/17 01:10
舞さん、いつもありがとう。
>子供は人の話をいい加減に聞いていい加減に返事して、
わわ、ウチではわたしが「いい加減に聞いていい加減に返事して」なんです。このお母さんと近い。反省の意味で書きました。
アルバムはね、そうばっかりとは限らないんだけど、ここではズバリと言い切ってしまったほうがわかりやすいかなと、そうしました。
>過去の栄光
つい、良く撮れてる写真ばかり貼ってしまうものね。
つる
2008/08/17 19:37
ia.さん、いつもありがとう。
前回のお母さんのブログ、ちまちまと手直ししたけど、やっぱりどこか根本的に違っていた気がする。「死んだらノート」メインでブログは出さなかったほうが良かったかなあ、て今さら言っても仕方ない。
もっとライトに進めるつもりが、リアルを求めたら、話がヘビーになってしまった。なんとか立て直すからね。
あ、右上のイチゴをクリックすると、何かが起きます。
つる
2008/08/17 19:56
レイバックさん、いつもありがとう。
レイバックさんのお母さん、嬉しかっただろうね……←すでに泣いてる。
だってね。この前、蕎麦をご馳走になったんです、わたし。ザルでいい、と言ってるのに、無理して天ぷらの盛り合わせとか頼んでるんです。my eyes に大雨洪水警報が発令されました。ははは。
時間とお金ね。親のためよか他に使うとこあんだろうて、いじらしかったです。
>親孝行
きっと親子で食い違うと思うの。子供の笑顔でしょうか。その笑顔に親が係わらなくなっていくさみしさ。その繰り返しが、わたしたちを次のステップ、自立したおばあさんへ成長させます。親も進化を遂げているのよ。
孫ね、孫か。おんぶしたいわー。でも、お嫁さんのものなのよね、けっきょく。いいよ。ゆっくりで。きっと。
つる
2008/08/17 20:35
あわわわ!イチゴが〜〜〜!
気にはなっていたんですよ。こんなイチゴ、あったかな?って。
こういう仕掛けって、すごい嬉しいです♪
ia.
2008/08/17 20:54
ia.さん、見てくださってありがとう。
季節がらイチゴでもないんだけどね。スイカだったら良かったのに。でも重たくなりそうだから期間限定で、あとで外してしまいます。
つる
2008/08/17 22:47
会話聞いてないてのは、耳が痛いな〜。

イチゴ、この前、何もしないのに、いきなり落ちてきて
ウイルスかと焦ったんですけど(笑)

井上真央?あ、男心が反応しないところがさびしい。
でも20歳超えてるんだ、初めて知った、え、違うの?

いつも思うんだけど、五輪金メダルはCM出てしまうと一挙に難しくなるという不思議なジンクスがあります(あまり厳密に検証しないでね)やはりハングリーでないといけないのだ。前回の井上康生はこれにやられた。これを跳ね返す北島、吉田は別格の強さだ!
銀河系一朗
2008/08/18 00:02
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
井上真央ちゃいますから。マーです、マー。
五輪は面白いですね。サッカー、柔道、水泳に絞って観てます。
井上康生はコメンテーターとして出ていたけど、きつかったでしょうね。引退直後に引っ張り出すテレビ局も酷だわ。鈴木桂治は意外だった。ここまでいろいろあったから。彼のブログを見たけどやっぱり辛そうでした。代表団の主将は勝てないというジンクスがあるそうです。あと、ツマキ(塚田真希選手)には泣いたわ〜。
北島と吉田の精神力はハンパないです。すごい。
銀河系一朗さんは経験者なんだからやっぱ格闘系に熱が入りませんか?
つる
2008/08/18 01:06
うわぁ、なんだかこのおにいちゃん、すごく誰かと重なるような……あ、ぼくでした(笑)
ぼくも最近は、両親にはそっけない態度をとってばかりですよ。価値観の隔たりが、かなり大きいというのもあるんですけどね。親孝行かぁ。何か大きな文学賞を獲れれば、その賞金で何か……とか考えることはあるんですけどね。いつになるやら、です^^;
shitsuma
2008/08/19 20:18
そうですね、格闘技はついつい熱くなる。
フェンシングは意外だったけど、銀の太田雄貴は天才っぽいですね。あと体操の内村航平の回転感覚もすごい。テニスの錦織とイケメン?トリオのロンドンの活躍に昔のお嬢様方の期待が高まりますな(笑)
あとは日本のお家芸、紙相撲と指相撲と野球拳とパチンコが正式種目になればメダルが増えるぞ!
銀河系一朗
2008/08/19 22:59
shitumaさん、いつもありがとう。
あ、みなさん心当たりがあるんだ。わたしも一応娘でもあるわけで。でもね、この年になっても、なかなか母が欲しいだろう言葉を掛けてあげてません。だいたいからして母がそうだったんだから、貧乏の連鎖と同じ、シャイも連鎖です。
>賞金
子供の賞金なんぞ親は当てにしてませんよ。さくらパパがへんなのです。なんちて。だけどプロ野球の選手は契約金で親に家を買ったりしますね。
つる
2008/08/20 00:58
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
オリンピックにそうそう振り回されないぞ、と思っていたけど、けっこう見てしまうものですね。うん。フェンシングは意外だった。あの競技は面白いです。でも何度も言うようですが、動体視力がないので、スローじゃないとよくわからない。スローでもわからない。
あと、レスリングの松永は負ける感じがしなかったから、すごく残念でした。
>日本のお家芸
銀河系一朗さんらしいわ。そういう発想て作品にでますね。最近やっとわかってきました。おせーよ。
あと折り紙と竹トンボも忘れてはいけません。
つる
2008/08/20 01:09
オレの母は、このお話の母とはだいぶ異なるなぁ。異様にサバサバしてて、なんで、そんな自由なんだよと思うくらいな大ざっぱ。こっちが心配になる。
親孝行で思い出したが、以前、メシでもと思ったら、「お前におごってもらうほど落ちぶれてねぇから(笑)」と言われました。
ちょ、まてよ、どんだけだよw まぁ、母親には息子というのは、いつまでもガキにしか見えないんだろうけどな。
火群
2008/08/22 20:05
火群さん、いつもありがとう。
そうそう、ガキよ、ガキ。火群さんのお母さんの気持ち、わかるなあ。
それにね、ウチの子レベルだったら、わたし「おとといおいで」言ってました。(ナニサマだよ)
↑上で、天ぷらのことを書いたけど、まあ滅多にないことです。しょっちゅうあったら、それこそ「ふつうのブログ」を始めてますよ。そこで自慢します。
つる
2008/08/23 00:10

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