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zoom RSS 「わたしが死んだらノート」10

<<   作成日時 : 2008/08/25 21:07   >>

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「わたしが死んだらノート」10

「おっと、線香線香」

 ウッカリしたとばかりに立ち上がった父が、母を安置した和室に続く襖の化粧縁に手を掛けて振り向いた。

「ああ、そうだ。陽子。明日、『純水』のボトルを玄関に出しといてくれ。もうカラだろう」

「ボトル? なに、お父さんが行くの?」

「行っとかないと、お母さんが怒るからな」

 だから、お母さん、死んだ。

 さっきからの父の物言いに戸惑った。まるでまだ母がいるみたいだ。なのに線香のことは、しっかりとインプットされている。

「お母さん、怒るんだ。怒るからいつも行ってたんだ?」

「ああ、いつも行ってた。これからも行く。陽子まで怒らすわけにいかないだろう」
 
 それでわかった。母の死をいくら頭で理解しても、父の心が認めたがらない。

 それでも私に向けられた言葉は、ヨイショと一人で担(かつ)いだ荷に、手が添えられたようで嬉しかった。
 なんだかやっていけそうな気がしてきた。ブログだってある。あんなふうだけど兄もいる。

 うん、きっとやれる。

 塩湖に浮かぶ兄が沖から戻った。

「なあ、父さん。ウチにまとまった金、少しはあんの? まさか香典を当てにするわけにいかないだろ」

「金? ああ、葬儀のか。無い。全部、お母さんだ。手提(さ)げに何か入ってるだろう」

「陽子、手提げ、どうした? 事件性がないからすぐ戻すって言ってただろ、警察が」兄が私を顎(あご)でしゃくった。

「ああ、手提げね。返してもらった。でも、大したものは入ってなかったよ。財布と携帯とデジカメ。デジカメはブログ用かな。あと老眼鏡と家の鍵。それから石田衣良の文庫本『約束』 
 財布に入ってたのは、カラオケや電器店なんかの会員カード、それとスーパーのポイントカードとお買物袋スタンプカード、それだけだよ。あ、スタンプカードていうのはね、レジ袋いりませんって言うと、1個スタンプ押してくれんの。それでスタンプ20個溜まると100円の値引券として使えるんだ。知ってた?」

「シラネー。つーか銀行のキャッシュカードは!」

「ああ、それね。お母さんてさ、へんなとこだけ用心深いんだよね。銀行のカードは持ち歩かないよ。いつも言ってたもの。クレジットがついてるから落とした時に悪用されるのが嫌だ、って。だから、肝心なものは全部、その貴重品てやつと一緒なんじゃない?」

「だからその肝心の貴重品はどこなんだ、て話」私から父に視線を向ける兄。

「どこって、書いてないのか? おまえたち見たんだろう、ノート。そこに何でも書いといたって言ったぞ、お母さん」

「それがさぁ、ノートによって、隠し場所が違うんだ」

「そうなんだよ」

「あー、そう言えば、死んだ婆さんがそんなだったなあ。嫁に――まぁ、おまえたちのお母さんのことだ。その嫁に盗られると思い込んでたから、金をあっちこっちに隠すんだ。隠すのはいいんだが、毎回その場所を違えるもんだから、隠したところがわからなくなっちゃってな。そのたびに大騒ぎだよ。でもまぁ、場所がわからなくなるあたりはまだ良かった。ふふ。完全にボケてからは、あれだ。自分が金を隠したことさえ忘れちゃってたからな。呑気なもんだよ。それで、婆さんが死んでから、お母さんがそういう金を見つけてビックリしたことがあったよ」

「ビックリ、ねぇ」

「例えばどんなとこなんだよ?」

「米びつだったり冷蔵庫だったりだよ。いかにも、っていう場所じゃないんだ。ふつうの場所が意外と盲点なんだ、と思ったよ」

「いかにもじゃないふつうの場所、ねぇ」

「あ! もしかして、そんときの金を元手に、株をやりだしたとか!?」

 ニヤリとする父に「やるね! 株とゴルフ三昧の日々さん!」と私。すかさず「陽子!」と兄。
 分(ぶ)が悪そうな顔で父が奥に引っこんだ。

「おまえさあ」

「ごめんごめん――」

 ピーピーピー。

 洗濯の終了を告げる電子音に、自然と首がもっていかれた。何故だか2人共、そこから目が離せない。

 まさかまさかまさか。いや、まさかの転落死。そのまさかをしでかすのが母。

 泳いだ視線がようやく兄と合って、

「やだっ!」

 ムンクの「叫び」みたいなリアクションになった。

 ダっと走る兄。

「おまえもお袋のこと言えないかンなあ」

 追いかける私。

「遺伝だよ、遺伝。文句なら親に言ってくれ」 

 ガバと蓋を開ける兄は勇者だ。洗濯槽を覗き込む2人して、




「だーーーーーーーっっっ!!!」




《 P.S.

 2人共、就職してから毎月、家にお金を入れてくれてありがとう。嬉しかったわ。
 お母さんの好きなものでも買うといいよと言ってくれたけど、やっぱり使えませんでした。2人が汗して働いたお金ですからね。気持ちだけいただきます。

 そのお金なんだけど、今、銀行って不便ね。親でも、勝手に子供名義の口座が作れないんですって。だからといって、お母さんのヘソクリ口座に入れると、贈与税がかかります。そんなわけで、現ナマで残しました。いざというときはね、やっぱ現金だわよ。

 貴重品と一緒に封筒が2つあったでしょう? その中です。

 りそな(銀行)のほうが太一ので、東京三菱UFJ(銀行)のほうが陽子のです。そうそう東京三菱UFJ(銀行)は支店間の繋がりがイマイチで使いづらいわね。えー、そんなことはどうでもいいです。

 そういうことだから、結婚資金の足しにでもしてください。

 さて、2人の夢。太一は教師、陽子はジャーナリストでした。お母さんね、宝くじと同じで「夢は諦めなければ必ず叶う」と信じています。2人共、夢に向かって頑張れ! ヨーソロー!

 ほんじゃね 》




            ――了―― 




ムンクの「叫び」クリック。
P.S.(postscript) →手紙の追伸
ヨーソロー→船舶用語で「まっすぐ進め」語源は「良ろし候(よろしそうろう)」が詰ったものというのが有力だそうです。参考URL


 洗濯槽、いちいち中なんて見ませんよ。それって、ふつうです、ふつう。言い訳なんかぢゃありません。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。

 今日のBGM→クリック。DISCO PLAYS LUPIN

 小学生も視野に入れてフリ仮名を付けます。夏休みですからね。読みづらかったらごめんなさい。

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コメント(12件)

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完結おめでとうございます&お疲れ様でした!

通帳は洗濯機の中だったのか!
さかのぼったら3、4、5と洗濯触れてたんですね。
すっかり記憶になかったw
しんみりするところと笑えるところのハーモニーがよくて、とても面白かったです!
銀河系一朗
2008/08/25 23:42
お母さんの楽しいノートとももうお別れなんですね。さみしいぁ。楽しくて、切なくて、元気になれるような作品でしたね。
お母さんのキャラはもちろん、頼りなさそうなのに意外としっかりしている太一くんも、責任感が強くて繊細な陽子ちゃんも、そして飄々としたお父さんも、とても良かったです。
ia.
URL
2008/08/26 00:03
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
それから「お疲れ様」と言ってくださって、ありがとう。
通帳もだけど、たぶん、実印も年金手帳も現金もみーんな洗濯槽の中なんです。知ーらないっと。
>3、4、5と洗濯触れてたんですね。
ありゃりゃ、ほんとだ。三話にまたいでる。気づかなかった。洗濯もだけど、「純水」についても熱心に語ってしまったから、あれで終わりにするわけにいかなくなった。でもうまくいってよかったです。
つる
2008/08/26 00:59
ia.さん、いつもありがとう。
それから、いつも良いところを見つけようとしてくれて、ありがとう。毎度のことながら、つっかかるような文章でした。次、頑張ります。
あら、このこどもたち、そういう面がでていたら良かったです。陽子の気持ちは書けるけど、他のキャラは行動で見せなければならないから、頭、使いました。
そうそう、わたしの「わたしが死んだらノート」には、先着一名のお嫁さんに限り、マイレシピファイルを贈与する、て書いてあります。誰もいらないね、きっと。
つる
2008/08/26 01:24
お母さん、どうして洗濯機の中ぁ〜(汗)

お父さんはそうとうお母さんに
いろんなこと怒られてたんでしょうね。
でもそれもお父さんにとっては嫌なことではなくて
お母さんとの楽しい日常だったんだなって思いました。
しっかり者の陽子ちゃんがこれからはこの家を仕切っていくのかしら?
早くお嫁さんが来てくれるといいですね。

2008/08/26 08:40
舞さん、いつもありがとう。
ウーン、怒られていたというより、口やかましく言っていたというような感じですかね。注意してるだけなのに「怒られた怒られた」と他の兄弟に言いふらすウチの子を見て「怒る」を使ってみました。そのへんのビミョーなところがうまく書けなかったわ。
>でもそれもお父さんにとっては嫌なことではなくて
お母さんとの楽しい日常だったんだなって思いました。そう、そんな感じです。ああ、かゆいところに手が届いたわ。そいうふうにコメントしてくださって助かります。
まぁ、しばらくは3人で大騒ぎしながらやってもらいましょう。ちょっとはこらしめないとね。
つる
2008/08/26 20:56
いやー面白かった。気持ちの良いエンディング。母ブログのところでは、少しもたついた感がありましたが、終盤きっちり取り返しましたね。こういうべたつかない親子の情愛を書かせると上手いですね、つるさん。また家族モノが読みたいです、期待してますからね。連載お疲れ様でした^^
レイバック
URL
2008/08/28 09:05
レイバックさん、いつもありがとう。
エンディング、ふざけすぎだったかなて思ってたので、そう言ってくださって良かったです。
>母ブログ
言ってもらえてすごくわかった。なるべく早いうちに手をいれてみよう。いつも助かります。
家族モノは、面倒くさいですよ。ちっさな感情がいっぱいあるし、いちいち拾ってたらキリがない。それに、想像できる範囲が狭いしね。
>べたつかない
逆にべたついたのは書けないかもです。重いのきらい。だから、次は、べたつかないラブ・ストーリーです。宣伝してみた。
つる
2008/08/28 20:34
うわ、ちょっと目を離した隙に、ストーリーが完結してる! 無事連載終了、お疲れさまです^^
「私が死んだらノート」言い換えれば、遺言のようなものでもあるかと思います。でもテレビに出てくる「遺言状」みたいにきっちりとした形式ではなく、メッセージをノートに残すという気軽な感じが、ストーリーを重たくさせず、またお母さんの「等身大の姿」をうまく描いていたように感じられました^^
途中、「梅干のメンテ方法」や、「4」のコメント欄にあった「ベスが家に来たときの裏設定」も登場して、楽しませていただきました! 次のラブストーリーも期待しています^^
shitsuma
2008/08/28 23:06
shitsumaさん、いつもありがとう。
このお母さんがウザく感じないように、ふだん使わない頭を使いました。子供からしてみたら、あれこれ口を出す親って鬱陶しいだけです。良かれと思ってしてもそうなんですよ。
べスはもうちっと使いようがあったかも。なんかそこイマイチだった。
今回は途中で飽きてテンション下がったんです。でも、みなさんのコメントにやる気が出たし、参考になることがたくさんあったので感謝感謝でした。
次の話はね。まーなんちゅーか。熱中するものつくろうよ、て話なんだけど、そういう色っぽいものも取り入れないと読み手を引っ張れないと思ったの。だから2人の世界とか、そういうんじゃないんですよ。めんご。
つる
2008/08/29 02:12
一週遅れで、お疲れサマー。
やっぱ経験や視点に裏打されると説得力が違う。
しかし、死を書いたにしては、湿度がめちゃくちゃ低い話だった。個性が出るね。

石田衣良の文庫本『約束』というと、ありゃズルイ。アレ系の話を、あんな淡々とうまく書くなんてズルイ。
火群
2008/09/04 21:42
火群さん、いつもありがとう。
この話は「ノート」を中心にしたかったから、こんなふうになりました。実際のところ、葬儀を終えるまでは、目先のことに追われてしまって、悲しみもなんだか中途半端です。
石田衣良ね、好きなんだ。彼と村上龍、彼らと同じ感性を、火群さんの作品で感じるときがある。
つる
2008/09/04 23:16

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