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zoom RSS 「わたしが死んだらノート」9

<<   作成日時 : 2008/08/23 23:53   >>

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「わたしが死んだらノート」9

「じゃ3時、よろしく」

 それでわかった。ユーロ2008は半分本気だ。
 
 担任とはいえ兄は公立小学校の「臨職」だった。来春に予定された学級増がなければ、教育委員会からの電話一本で失業する。だから募集のある度、正式採用をめざして教員採用審査を受けていた。
 それなりの苦労が、少しは兄を大人にしたのかと勘違いした。

「あ〜あ〜あ〜」

 2階に向かうはずの兄が廊下で大きな声を出している。
 トイレの前だ。行って驚いた。 

「なに!?」

 父がうずくまっていた。

「ああ、陽子にも見られた」

「何してんの。びっくりするから」

「小便がこぼれた」

「拭いてたんだ?」

「最近切れが悪くてなあ」

 知ってた。母がよくボヤいていたから。
 夜中に父が何度も洗面に立つこと、その度に横に寝てる母が起こされてしまうこと、便器に狙いが定まらない父がこんなふうにトイレを汚してしまうこと。「そういえばタレントのさんまさんもそうなんだって。テレビで言ってたわ。だけど、あれね。お父さんも、――」母の声が聞こえた。「――歳なのねえ」

「歳なんだから調べたほうがいいって。この前も言っただろ。前立腺、バカにできないって。加藤のところならさ、いつでも(検査して)いいって言ってんだからさ」

 兄も知ってた。

「いいよいいよ、お父さん。私、やっとくから」

「情けないよ――」ポツンと父が言う。「――べスみたいで」

 出た、べス。

 お父さん、それはお兄ちゃんの地雷なんだ。

 横に立つ兄が見れなくなった。

 享年18。母が向こうで待ってるからといったべス。
 小3のサッカーの帰り、兄が拾ってきた。4匹のうち、他の兄弟が次々と貰い手がつくなか、毛並みも器量も悪くて残った。小さくて弱々しかったべス。「若草物語」にちなんで母がそう名づけた。
 その弱かったベスは、区役所から「長寿犬」表彰のご案内がくるほど長生きしたけれど、晩年はオムツで過ごした。去年の今頃、ひと月ほど寝たきりになって、最期の数日は兄の手からスポイトの水を飲んだ。辛抱強いコだった。

 私のスリッパの先に兄のつま先が見える。そのつま先をかすめて滴(しずく)が垂(た)れた。

「縁起でもないこと言わないで。いいってば。やるって」

「いいんだ」

「でも――」

「やっとかないと、お母さん、うるさいしな」



 お父さん、お母さんはもういないんだよ。



 涙腺が緩んだ。
 カラカラとシングル巻きのトイレットペーパーが父の手に絡め取られる。カラカラが何度か繰り返されて、紙芯が軽い音になった。それから、父は、頼りなく千切れてしまうペーパーで、便器と床を拭いていった。兄と2人で黙って見ていた。
 私のスリッパに滴が落ちる。兄のつま先のそれと競争で落ちる。その競争はまるでスイカの種の飛ばしっこだ。

 かすかなアンモニア臭が、いつのまにか線香の香りを遠ざけていた。




――つづく――



臨時教職員→一般に「講師」と呼ばれる。「講師」と呼ばれる公立学校の臨時教職員は、1年の期限付きで任用される「定数内講師」、出産や長期研修などで職場を離れる教諭の代わりをつとめる「代替講師」、高等学校で授業だけを受け持つ「非常勤講師」などの種類がある。
前立腺→詳しいことはクリック。
若草物語クリック。



ココにもベスがいます。合掌。

担当編集者「ちょとーっ!『4』でべス死んだの、3年前になってンすけどーっ」
つる「直しとけばいいじゃん」
担当「いいじゃんて。適当だなあ。そんなことばっかしてるでしょーが」
つる「誰も覚えちゃいないよ。次回は最終回です」

 今日のBGM→クリック。 花の名/ BUMP OF CHICKEN


 小学生も視野に入れてフリ仮名を付けます。夏休みですからね。読みづらかったらごめんなさい。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
うちも長寿犬が最近亡くなったばかりなので目から塩水が出ました。
〃´_`〃

ベスの没年変更了解しました。
大丈夫。あだち充なんて「H2」で主人公の住所と誕生日を後から変更してました。

URL
2008/08/24 00:09
「ベス」お母さんのネーミングセンスの良さには、またまた感動(^^
もう最終回ですか。これ、すごくいい話ですね。老いや死、避けられない辛いことをきちんと、ユーモアを交えて描かれているのがとっても良いです。
ia.
URL
2008/08/24 00:40
私も種飛ばしごっこに参加しちゃいました。
朝からなんてことでしょう。
狙いましたね、つるさん。

年老いていくのも順番ですよね。
なんか物悲しいです。

>お父さん、お母さんはもういないんだよ。
 超泣きつぼだよ〜〜〜


2008/08/24 09:40
次回最終回なんですか。
>「やっとかないと、お母さん、うるさいしな」
これがいいですね。
お父さんとしては妻の死をわからない方にやや傾いてる印象ですかね。
「きれいにしとかないと、お母さんがうるさいんだよなあ」と語尾が間延びした感じなら、わかってるけど供養としてきれいにしてるんだみたいな雰囲気ですかね。

さんまさんそうなんですか?それともネタ?
さんまさん、墜落した日航ジャンボにチケット手配しかけてたという噂ですね。お笑いの立場上、本人は絶対言わないと思うけど。
銀河系一朗
2008/08/24 20:46
鯨さん、いつもありがとう。
変更してばかりで恐縮です。どうしてこう、話にほころびがでるんだろう。アバウトだからか。プロでもあるのね。安心したわ。だけど、あっちは編集者とかいるだろうに、そんなものなのかな。
そうそう「ユーロ2008」は確か鯨さんがブログで書いてました。この話は6月だからちょうどいいと、ネタに使わせてもらいました。事後承諾でごめんなさい。

つる
2008/08/24 22:52
ia.さん、いつもありがとう。
いくらなんでも「若草物語」は古かったかもね。
うん、次回で最終回です。ia.さんはそんなふうに褒めてくださるけど、どうなんだろ。自分ではわからないのよ。死をチャカしてないかとか、話がとっ散らかってるんじゃないかとか、まあいろいろ思うわけです。
お話を作るたびに、全体で言いたいことは決めてあるんです。でも、一話ずつこうして掘り下げていくと迷走する、それが今の悩みだわ。
つる
2008/08/24 23:03
舞さん、いつもありがとう。
歳を重ねる。みんな平等です。よく「その歳になればわかる」と言いますが、ほんとにそうだなあと思います。
>物悲しい
あ、ほんとう?
「涙」とか「泣く」とか、そういうダイレクトな表現を控えて書いてみようとしたんだけど難しかったです。だから抽象的になったかなあ、て思ってました。
つる
2008/08/24 23:11
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
あ、そっちのセリフもいいですね。
あともう一回お父さんが喋ります。

さんまの話はずっと前に「さんまのまんま」でそう言ってました。ウチのがそうだったんで、妙に記憶に残りました。
日航ジャンボのことは知らなかった。本人、肝が冷えたでしょうね。
つる
2008/08/24 23:19

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