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zoom RSS 「わたしが死んだらノート」5

<<   作成日時 : 2008/08/01 20:26   >>

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「わたしが死んだらノート」5

 風呂場に直行すると、たらいで汚れ物を下洗いしてから洗濯機を回した。

 それにしてもなんだって母はこんなノートを残したのだろう。13冊だ。これが毎年更新されてきたものだとしたら12年前から書き始めたことになる。
 12年前。
 私が中学生になったその年に、相次いで同居の祖父母が亡くなった。
 年末のてんやわんやをよく覚えている。大掃除に合わせて、祖父母が使用していた一階の空きスペースに、それまで我慢を強(し)いられていた私たち家族4人の荷物を二階から降ろしたから、まるで引越しのような騒ぎだった。
 引越しならまだいい。運んだ荷物を詰め込むだけだ。ところが祖父母の押入れには、未開封の引き出物や旧型の電化製品、貰っても困るような座布団や客布団でいっぱいだった。いや、押入れだけじゃない。何棹(なんさお)もの箪笥や納戸の中までぎゅうぎゅうの物持ちだった。彼らは夫婦して捨てられない性格だった。
 それらを両親はどうやって処分したのだろう。母のノートはそれと関係しているんだろうか。

「おい」

「きゃ! びっくりすんな、もう。いきなり後ろに立たないでよ。ゴルゴ13なら殺されてるよ」

「おまえ、おじさんのズボンも洗濯機で洗ったのか?」

「そうだよ。ざっと水洗いしてから、あとはみんな一緒だよ」

「スーツの下だぜ。クリーニング、出さなくていいのか」

「うん。サマーウールだし『おしゃれ着洗い』を使えば洗濯機でも洗えるんだ。明日も着るでしょ。生地が薄いから夜干しで乾くよ」

「なんだ。俺も今度からそうしよう」

 兄は昨年から一人暮らしだ。身の回りのことはひと通りやっているらしいが、案外、こういうところは融通(ゆうづう)が利かないタイプみたいだ。いや、違う。こういうのは見たり聞いたりしているだけでも全然違うんだと知った。私だって、いつもしていることではない。いつのまにか母を見て知っていただけだ。

「で、何」

「ああ。母さんのブログ、見つけた」

「あったの? ユーザーIDとパスワードは?」

「プロバイダーのと同じだった。それがテプラでパソコンに張ってあったからさ」

「そう」

「ブログ名、何だったと思う?」

「さあ? ……あ!」

「壁新聞――」

「太陽!」

「当たり」

 太一と陽子で太陽。父がつけた。
 母は私たち兄妹が中学生くらいまで『壁新聞 太陽』を発行していた。発行といっても大それたものではない。週一頻度でチラシの裏を使ったそれは、この家の小さな出来事をしたためて冷蔵庫に張られた。
「今春、太一は中学生!」とか「陽子、書初(かきぞ)め展で銀賞!」とか、そんなのがトップニュースだ。
 その壁新聞の最後に「掲示板」があって「ご意見ご感想をお寄せ下さい。また、特派員も募集中!」などと書かれていたのだけど、その空欄に何かが書き込まれるようなことはなかった。私たち兄妹は、「ふーん」て読むだけだった。理由はない。
 それでも記事の見出しに「陽子、学校を早退!」「太一、線路内立入りで通報される!」とかあると、クレームをつけるのだけは忘れなかった。都合の悪いことは書かれちゃ困るのだ。
 そんな時、母は現場所感を送ったはずの佐竹が輪転機の都合で朝刊に間に合わなかったと知った時のように、てクライマーズ・ハイかい! 悲しそうな顔をした。でも次の朝になって牛乳を出そうと冷蔵庫の扉に手を掛けると、必ず改訂版が張られていた。それは「今日からプール開きです」とか「べス、逃亡?!」みたいにクレーム記事の跡形もなかった。
 やがて私たちはクレームさえつけなくなって、壁新聞は自然消滅した。


 ダイニングに戻る途中で思った。
 冷蔵庫の壁新聞はとっくに廃刊になったけれど、母の中でずっと続いていたんだって。私たちが中高生になっても成人しても就職しても、そして兄が独立しても、続いていたんだって。

 その壁新聞に大きなスクープ記事なんてない。

 だけど、それはいつだって胸躍る見出しで私たちを鼓舞(こぶ)してくれてたんだ。
 


 




――つづく――




スクープ【scoop】→《スコップ・シャベルの意》 1 新聞・雑誌などで、他社を出し抜いて重要なニュースをつかみ報道すること。また、その記事。特種(とくだね)。2 ホッケーで、ボールをスティックの先端にのせてすくい上げるように飛ばす動作。
鼓舞(こぶ)→(鼓を打って舞わせる意)励まして勢いづけること。奮い立たすこと。 (三省堂「大辞林 第二版」より)




担当編集者「て、てんやわんやて……」
つる「なに」
担当「いまどきの若い女性が口にしますかねえ」
つる「そお?」
担当「なぁーんか違うような気がするなあ」
つる「そ、そうかな」
担当「ええ、『土俵入り』くらいの勢いで使いませんよ、きっと」
つる「蒸し返さないでおくれよ」

 今日のBGM→クリック。

  年齢を問わず読んでいただきたくてお目障(めざわり)かもしれませんがフリ仮名を付けます。小学生とかも来てくれるといいな。18禁でやってます。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
楽しいお母さんだなぁ。読めば読むほどこのお母さんが好きになります。
IDとパスワード、危ないよぉ!でもわかり易くていいかも。私が死んだら、IDとパスワードがわからなくて困るだろうなぁ。プロバイダーの解約とか携帯電話の解約とか、どうするんだろう?
ia.
URL
2008/08/02 01:17
冷蔵庫に貼られる壁新聞いいですねぇ。実話がもとなのかな? 楽しそうな家庭だ。クライマーズハイネタでニヤリとしてしまいました(笑

つるさんもついに祭り会場に土俵入りですね!
また感想書き込んどきます^^
レイバック
2008/08/02 10:07
ia.さん、いつもありがとう。
駆けつけてくださる度にどんだけ励まされてるかわかりませんよ。
そうそう、楽しいと言っていただいたお母さんですが、ちょっと失敗しました。あんまり良いお母さんじゃ困るのね。欠点もないとね、人間だし。わたし、ひねくれてるかも知れないけど、青春と亡くなった人は美化しないタイプなんです。いやな人間だわ。ありのままでいいと思ってるんです。何故、皆、それを忘れてしまうんだろうって逆に思います。それが故人に対する礼儀なのかな。
>IDとパスワード
でしょう?
だから残しましょうよ「わたしが死んだらノート」
へんな話、ほんとに大変なんです。後に残された者が。
つる
2008/08/02 21:45
レイバックさん、いつもありがとう。
今夜は遠くの花火の音だけ楽しみましたよ。見えんかった。
壁新聞はこのブログと一緒で、あまり人気がありませんでした。こうして文字にすると物悲しいものがあるね。
佐竹はどっかで使いたかった。こうしてブログだからこそできるお遊びだね。ちょっと調子に乗りました。
>祭り会場に土俵入りですね!
うまい! うまいコメだわあ。座布団3枚あげてしまおう。こういうコメが、わたしにはなかなかできない。
つる
2008/08/02 21:53
最近ではクレイジーケンバンドの曲以来ですね
>てんやわんや

お母さんの小さな意地悪がみたいですね。茶目っ気ある母さんだから少し怒った後に、
ヽ('ー`)ノ仕方ないなで許せるようなの。

うちの土俵は女人OKなので好きなときに出入りしてください。

2008/08/02 22:32
鯨さん、いつもありがとう。
てんやわんや――「アリ」と見た。
お母さんの意地悪はないと思うけど、釈由美子ばりの天然はあると思うの。例えばわたしの友人は電球が取り替えられないのね、感電するからだって。ほいじゃ亭主は感電してもいいのか?
土俵、ちょろちょろ出たり入ったりしてますよ。
つる
2008/08/02 23:43
二度コメ、ごめんなさい。
壁新聞って実話なんですか(笑)私なら絶対嬉しいけどなぁ。
>感電するから電球が取り替えられない。
私も同じ言い訳を使ってますよ(笑)「あなた、遺体の第一発見者になる勇気があるの?」と脅かしながら。
細かいイジワルもやってますよ。一番評判が悪いのが、尻文字で「うざい」と書くこと。だってウザイんだもん。普通に口撃したら角が立つでしょ(笑)
ia.
2008/08/03 04:47
ia.さん、いつもありがとう。
うん、そう。ありましたね。ローカルで、スポンサーもつかないような新聞が。
尻文字、いいですね。わたしはいつも言い過ぎます。「言いたいことは明日言え」しょっちゅう母に言われます。
先日いいこと思いつきました。スマップの番組で「粘土の王国」というのがあったでしょう。王子や王女がお気に召さない作品は、木槌の大きいやつで潰されます。ムカッとしたら脳内にそのシーンを蘇らせるの。それが粘土か目の前の相手かは自身の妄想次第。ふふっ。毒吐きました。
つる
2008/08/03 14:24
面白かったです。
いろいろ細かいネタが組み込んであって飽きないよん。
うーん。なくして、ありがたみがわかる…か。
火群
2008/08/06 01:27
火群さん、いつもありがとう。
ダイニングキッチンから移動したくて、こんなふうにしたら何が言いたいのかボケた。てか、ずれた。元に戻れんのか、わたし。そして物語は又、ダイニングに戻る。
>なくしてから
なくさなくても、感謝できる人がいるでしょ。あれってすごいなって思う。信仰の力かしら。
つる
2008/08/06 22:15
このあいだは今後の展開の一部を先読みしてしまって、すみません(汗)今回も次の展開について考えてみたんですけど、あえて黙っておきます(笑)
「クライマーズハイ」は読み終えたばかりなので、「佐竹」の名前が出てきたところで「おぉっ!?」と一人で昂奮してしまいました(笑)おかあさん、さぞや悲しかったんでしょうね。おもしろそうな企画なんですけどね。
shitsuma
2008/08/07 19:53
shitsumaさん、いつもありがとう。
展開は逆に言ってほしいくらいです。まんまと一致する――ていうのがこのブログの「売り」ですから。読んでくださる方の予想を外さずに着地して、なのに「感動」みたいなのが理想です。難しいけど。
「佐竹」はね。映画で堺雅人が演じたんですよ。彼、かなり、いい役をもらったと思いました。「佐竹」だったもの。ほんと、いい味、だしてたわぁ。
ああ、おかあさんね。おかあさんて、いつも悲しいです。ほんとうです。なってみるとわかります。
つる
2008/08/08 00:11

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