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zoom RSS 「わたしが死んだらノート」3

<<   作成日時 : 2008/07/19 20:21   >>

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「わたしが死んだらノート」3

 おまえさあ! を鼻先で往(い)なして、続きを読みだした。

「《第二章本当のこと。このへんで少しわたしのことを語りましょうか》」

「自分史かい!」

「《お父さんとは昭和51年に同じ職場で知り合いました。その頃お母さんには好きな人がいてね。まあ、いろいろありましたが、結局お父さんと結婚することになりました。だから、あなた達がお父さんだと思っている人は――》」

 その時、廊下とダイニングを仕切るガラス戸の戸車がカラカラと音を立てて、父の顔が覗いた。振り向いた兄が、口に含んだビールを霧状に噴きだした。

「何だ、おまえ達。母さんが死んだっていうのに、やけに賑(にぎ)やかだな」

 父からすると嫌味のひとつも言いたくなるような騒ぎだったのかと反省しながら先を急ぐ。

「《――あなた達が本当のお父さんだと思ってる人は――》」

「わーっ、わーっ!」父に聞こえないように大声を出す兄。そういうところは小学生の頃からちっとも進歩してない。だけど続ける。

「《本当のお父さんです》」

「当たりまえじゃないか」と父。ダイニングテーブルに散らばったノートを見て「ああ、言うの忘れてた。前に母さんが言ってた。自分にもしものことがあったら、おまえ達に見てほしいノートがあるんだそうだ。見たのか」

 ほーっ、と息を吐き出す兄。どう見ても兄と私は父似だ。特に兄はクリソツだった。父一人が細胞分裂した勢いで似ている。そんなわけで父と私達に親子関係が「無い」ことを立証するほうが難しい。

「なんだ、お父さん。『わたしが死んだらノート』知ってたんだ。 じゃ、お母さんが好きだった人って誰なの?」

「陽子!」たしなめるように兄。

「その人から奪っちゃったんだ。かっこいいじゃん!」

「母さんは、あれだ。『姿三四郎』が好きだったんだ。ええと、誰だっけかな。ああ、そうだ。思い出した。竹脇無我だ。テレビ見てからファンになった、て言ってた。あの頃は人気俳優だったからな。今でいう、ヨン様ブームみたいなの、それに乗っかってたんだ」

 兄の肘が滑った。

「ヨン様、下火だよ」

「やっぱり、飲むかな。陽子、梅割りくれ」

「陽子、俺も」

 父と兄に言われて、シンク下から去年仕込んだ最後の瓶を取り出した。すっかりいい飴色だ。

「これ、飲んでしまったら終わりだよ。大事に飲んでね」

 カンロ杓子で梅酒をすくうとグラスに3杯ずつ注(つ)いだ。それから、しぼんだ梅の実を一粒ずつとロックアイス。そうしてから「純水」のボトルで割る。まんま、母のしていたことだ。

「終わり、て今年は作らなかったのか?」

「作ったよ。でも、飲み頃まで三ヶ月くらいかかるよ。時々揺すらないと氷砂糖が底に溜まるから。ああ、考えただけでメンドイ」

 面倒くさがりは父方の血筋だ。亡くなった祖父母もそう。父もそう、兄もそう、私もそうだ。

「そうか」

「あと梅干もあるよ。どうしよう」

「『どうしよう』て、もう漬けてあんだろ」

「この後のメンテ(メンテナンス)が大変なんだよ。うちは薄塩だし、ヘタこいたらカビるからね。それに、これからまだなんかしなきゃいけないことがあるんだよ。何だっけ。えーとえーと、ああ、そうそう、天日干しだ。やだ、困る。こんなことになるなら、ちゃんと聞いとけば良かった」

 面倒はそれだけじゃない。「純水」の残りも少なかった。これは逆浸透ろ過システムで作り出されるおいしい水だ。近所のスーパーの出入り口に置かれた機械から買っている。始めに純水専用ボトルを350円だか500円だかで購入すれば、次からはボトルの大きさによって2Lなら20円、4Lなら40円で水が買える。
 流行りの浄水器は「フィルター代が高い」と敬遠していた母は、そうやって買った水で調理していた。そして滅多に「純水」を切らすことはなかった。ペットボトルを使いまわせるのがエコだと気に入っていたし、実際にその水で煮出した麦茶の方が水道水より断然おいしいのだ。そういう訳で、いまさら元に戻せない。父はすぐ気づくだろうし、私だって「純水」のほうがいい。
 母のマメさに感心するとともに恨めしくも思った。だってそれは今日から私の役割になる。

「太一、おまえンとこは忌引きで何日休めるんだ?」

「身内だから3日」

「そうか。役所に死亡届、いつ出すかな」

「業者は死後7日以内でいいって言ってたよ。今日が仮通夜だろ。通夜、葬儀で3日間使っちゃうから、その間は抜けるわけにいかないだろうし。来週でもいいだろ」

「お父さん、死亡診断書失くさないようにしてよ。すぐその辺に何でも置くんだから。それが無いと、届け出ができないってよ」

 その時、ガラス格子の枠に激しくぶつかる音がして、酔いつぶれて寝ていたはずの叔父がダイニングに突撃してきた。乱暴な侵入の割りに、狭いテーブルの横を器用にすり抜けて、冷蔵庫の扉を開けた。

「あっ! おじさん!」
「おい! 康二!」
「きゃあっ! おじちゃん、やめて!」

 こともあろうに、叔父は開けた場所に用を足そうとする。私は間一髪で扉を閉めた。同時に立ち上がった兄が叔父を羽交い絞めにして廊下へ誘導する。引きずられた叔父のズボンの裾が、蛇の這った跡のようにテカっていく。間に合わなかった。私はそこら辺にあったウエスを持ってトイレに向かう二人を追った。
 それから客用布団を出して、父の布団の隣に叔父の床(とこ)を延べた。叔父の粗相(そそう)に穿(は)き替え用の父のステテコを出したものの、さすがに着替えまでは手伝えないと、兄に頼んでキッチンに戻った。しばらくして兄が戻ると、父も叔父も休んだ、と言った。

「仮通夜って、もっと湿っぽいものかと思ってたけど、なんだか落ちつかねえな。あ、おじさんの脱いだやつ、洗濯機の前な」

「うん」

「泣いてたよ、おじさん。家族が一人減ったって。それから、義姉(ねえ)さんはいい人だったって」

「そう」

 父の3つ違いの叔父はタクシーの運転手をしている。独身で気が向くとよくうちに顔を出した。父方の祖父母はもう亡くなっていたから、私達が叔父の家族みたいなものだった。

「おまえ、もういいの?」マイグラスをシンクに片付けた私に兄が聞いてくる。

「うん、いいや」

 これから洗濯だ。故人を偲(しの)んで、一晩中焚(た)くという線香の番もある。たった今、その役目も私だって決まった。兄? 無理でしょー。





《だって、太一はイケメンだし、陽子も美人さんだし、いつか2人が出生(しゅっしょう)に疑問を持つかもしれないじゃないの。一応ね、書いておきます》






――つづく――



往(い)なす→かるくあしらう。かるくかわす。
カンロ杓子→かき氷屋さんで使うアレです。
ウエス→古着や古布を裂いた、いわゆる雑巾です。




 梅雨明けしましたね。
 さて、お母さんが好きだったという「姿三四郎」は、わたしも小学生の頃に見ました。忘れられないのは、和尚さまに諌(いさ)められた三四郎が池に一晩浸(つ)かるシーンです。杭にしがみつく三四郎にエールを送りましたっけ。
 
 今日のBGM→クリック。オルゴール。

 年齢を問わず読んでいただきたくてお目障(めざわり)かもしれませんが読み仮名を付けます。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
母様は面白い人ですね。しかもマメな性格。家族は助けられていた分、いなくなってから存在の大きさを感じるでしょうね。
それから本筋には関係ないんですが、ペットボトルを買った後にも水代って取られるんですか?
うちのほうはボトルさえ買えば後は無料の所が多いんです。

URL
2008/07/19 21:03
主婦の仕事って意外と雑多なんですよねぇ。認めてもらえないけど。
テンポが良くて、ほのぼのしてて、読んでいてとても楽しいですね。お母さんのノートにオチがあるのも嬉しい♪お母さんのモデルは、つるさんなのかな?
ia.
URL
2008/07/19 22:59
鯨さん、いつもありがとう。
会社を退職しても企業は回ります。退職者のことなんてすぐに忘れ去られます。なんか虚しい。でも家族もそうかもしれない。誰かがいなくなれば、誰かが代わりを務める。でも決定的に違うのは残された家族の心にいつまでもその人が生きてるってことでしょうか。
>無料
無料だぁ?そんなだったら、このあたりぢゃ行列できるわ。鯨さんの住んでいる所には人々の良心を感じます。
つる
2008/07/19 23:26
ia.さん、いつもありがとう。
そうなんです。認めてもらおうと思ったらたまに放棄するという手があります。
わたしは文句タレ子だし毒を吐きますから、このお母さんの足元にも及びません。でも持ってるノートの最後は「ほんじゃね!」です。湿っぽいのは苦手なんだ。
つる
2008/07/19 23:35
いいっすね。ビール吹いたり、肘滑ったり(笑)絶妙のタイミングで弛緩させてくれます。この作品、最期まで書き上げたら、じっくり推敲を重ねて短編の賞に応募してみてはいかが? いい線行きそうな気がするけどなぁ。 
レイバック
URL
2008/07/21 13:11
レイバックさん、いつもありがとう。
マママ、マジで?
自分で飽きてきたところです。だって家から一歩も出ない話ですよ。よーし、やる気だすぞ、もぉ。
それより私、改めてレイバックさんが関西人だと認識しました。こういうのでいいんだ?
そうそう、滑り込みでさっきやっとこ、800字怪談大賞に応募しました。レイバックさんは、されましたか?
つる
2008/07/21 22:07
にゃははw関西人やもんw
つるさん応募したんだ!?エライ!
僕は結局書けなかったんですぅorz
結果楽しみにしてますよー^^
レイバック
2008/07/22 23:48
ずっと前から、女の子は父似、男の子は母似が多いような気がしてました。
実際、どうなんだろう?
遺伝子の関係とかあると面白いんだけど。
些細なディテール(意味が重複してるよ(^^;)がいいですね。
おじが用を足しそうになるところとか。
水は最初のボトル代だけってところもありますね。
銀河系一朗
2008/07/23 00:04
レイバックさん。
>関西人
つい忘れちゃうのよね、いつも。
ハンドルネームが、日本びいきの外国人をイメージさせるんだな。
>怪談大賞
あ〜、レイバックさんの作品、読みたかったな。
わたしの?実話なんだ。書いてはみたものの、こういうジャンルは、書きたいものと違うと思いました。
つる
2008/07/23 00:39
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
そう、ふつうはそうなんです。うちは男の子4人なんですけど、見事にあっちなんです。異常です。わたしに似ている子はいません。あ、運動神経は遺伝したかもです。そこ、いまいちですから。
>水
書きすぎました。ここはこの半分くらいでよかったかもしれないです。脱線しかけて、かろうじて立ち直った感じがします。
えー、銀河系一朗さんの地域も鯨さんのところみたいに無料なの?それ、いいなあ。
つる
2008/07/23 00:51
主婦色全開ですね。面白いよ。
梅酒か。最近よく飲むなぁ。変化つけて、いろんなもんで割って飲んでるよー。まぁ、水が一番だけど。
そういや、うちのほうもスーパーの水は容器代だけで水は無料だな。それでも利用者がさほど多くない気もする。やっぱ、こっちはまぁまぁ水がきれいなんだろうな。考えてみれば、市内にホタルが見られる川があるし
ヽ(。´ω`)ノ
以前見たけどすごいキレイだったよ。
火群
2008/07/23 19:46
火群さん、いつもありがとう。
梅酒て日本の風土に合ってますよね。梅シロップなんてカルピスより体に絶対いいと思う。カルピスの人、ごめんなさい。
>無料、利用者がさほど多くない、まぁまぁ水がきれい
なんというなんという贅沢。
ちょっと思った。いつかの(「俊足」)シューズと同じで、わたしはこういうものを書くほうが、支持を得られるみたいです。ていうか、日常の中からしか書けない。ところで、鯨さん、銀河系一朗さん、火群さんの地域でも無料なら、この話には地域を盛り込んでおいたほうがいいかな。
ホタルは今、銀河系一郎さんが記事を書かれてますよ。なんだか子供の頃を思い出してワクワクします。
>すごいキレイだったよ
メモメモ。こういう口調はかなり好みです。これが「すごいキレイだったぜ」でもOK。誰かに伝えてるのだけど、決して押し付けがましくない、この微妙なニュアンスがいいんだな。きょうは火群さんのコメからいいものもらってしまった。得した気分です。
つる
2008/07/23 22:17

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