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zoom RSS 「わたしが死んだらノート」1

<<   作成日時 : 2008/07/03 22:23   >>

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「わたしが死んだらノート」1

 
 母の仮通夜もひと段落し、あとは身内ばかりになった。

 母の柩(ひつぎ)の前の父と、その後ろで酔いつぶれている父の実弟と、キッチンで最後の水仕事をする伯母と、私、それとダイニングテーブルで葬儀社のカタログを前に溜息をつく兄だ。

 業者との打ち合わせで、明日は斎場で通夜、明後日が葬儀と決まった。それで大体の段取りはついた。父は形ばかりの喪主。葬儀委員長は兄の上司。悲しむ暇もないくらいに決めなければいけないことだらけで、普段、実家になんて寄りつきもしない兄が、こんな時ばっかり「大活躍の巻」だった。

「陽子ちゃん。じゃ、おばさん、そろそろ」タオルで手を拭(ぬぐ)いながら伯母が言う。

「あ、おばちゃん、今日はいろいろとすいませんでした」

「いいのよ。こんな時はお互いさま。本当だったら泊まってあげたいくらいなんだけど、うちには、ばあちゃんがいるからね。ほら、あんなだし。明日連れてくるから」

 母は、女女男の3人姉弟だ。祖父は早くに亡くなり、祖母は母の姉に当たる伯母夫婦と暮らしている。長男であるはずの末弟の配偶者が祖母との同居を拒んだからだ。

「太一っちゃん。あんた、長男なんだから気をしっかり持って、お父さんと陽子ちゃんを頼んだわよ」
「はあ」

 兄と私が伯母を玄関で見送った。開けられたドアから表の夜気が入って、改めて家中が線香の匂いに満ちていることを知る。あまりの濃度に、我家のいつもの優しい気配が息を潜めている。いや、消えたのだと思った。もう母がいないのだから。

 ダイニングルームに戻ると兄が「ビールでも飲むか」と言うので、「じゃ、一杯だけ」と答えた。こんな状況に、年の功で気を利かせた伯母が、多めに酒屋に注文してくれていた。
 和室の父に声を掛けると、「いらない」というので、お茶だけ置いた。休むように言っても、たぶん、今夜だけは線香を切らさないように起きているつもりなんだろう。

 兄がグラスについでくれたビールは、冷蔵庫の開け閉めが頻繁だったわりには、まあまあ冷えていた。とりあえず二人で、お疲れ、だ。
「通夜ぶるまい」で口にしてないわけでもないのに、兄はグラスの半分ほどを一気にあけた。それを見て、私は冷蔵庫から追加の缶ビールと、ふるまいの残りものを詰めたタッパーを出した。

「うちって意外と親戚、多いのな」

 何を言い出すのかと思ったら、そんなのだ。

「よそは知らないから、わからないよ。ふつうじゃん? でもまだいるよ。急だったからね、告別式だけってとこもある」

 盆暮れの品が届いたり、従兄弟はもちろん遠縁まで大学受験で上京したり、うちを足場にした東京観光だったり、よく親戚が泊まった。

「そうか。あのさ、なんだってお袋は今日に限ってあのデパートに行ったんだ?」

 母は出かけ先のデパートで、箱が上がってないのに開いた扉に踏み出した。所謂(いわゆる)エレベーター転落死、てやつだ。
 几帳面だったけど、うっかり屋の母らしい死に方だった。あまりにも突然で家族は皆、現実味を帯びないでいる。バーゲンに夢中で帰宅が遅くなってる? くらいの感じだ。

「さあ? そう言えば2、3日前に、暑くなってきたから、そろそろおとうさんの股引(ももひき)買わなきゃね、とは言ってたけど」
「何で暑くなるのに股引なんだよ」
「あ、股引、違った。ステテコだ。汗取りのステテコ。お兄ちゃんは穿(は)かないだろうけど、中年のおっさんになると、ズボン下に揚柳(ようりゅう)て、さらっとした素材のやつを穿くんだってよ」
「へえ」

 兄に説明しながら泣きそうになる。もう、そんなことを教えてくれる人がいなくなった。

「もし、そうなら親父に言わないほうがいいな、それ。責任感じるだろうから」
「わかってるよ。そんなこと」
「デパート側の保障てあんのかな」
「やーね。そゆこと言うんだ。でも誰か来てたね、デパートのお偉いさんが。そう言えば」

 なんだか思ったより飲めそうな勢いの私に、継ぎビールしながら兄が言った。

「そういえばあれ、びっくりしなかったか。あれ。病院から母さん運ぶのに4万5千円てなんだよ。タクシーだったら2千円しない距離じゃん」
「仕方ないよ。誰だって死体なんか運びたくないだろうし」
「ぼったくりだよ、ぼったくり。しかも現金だぜ」

 葬儀の見積もりに、想像以上にお金がかかりそうだと、いい年して二人で気づいた。生きてる方がよっぽどお金がかからない、そう思う。

「あっ!」
「な、なんだよ!」

 兄がビクっとしたのは、私が勢い良く立ち上がったからだ。

 それから食器棚の下を開けた。下段にファイルを詰めたケースが2つある。ファイルは整理整頓好きの母らしく、それぞれにテプラでインデックスがつけて整然と並んでいる。
 ダイニングテーブルで宿題をしている私の横で、母はよくいろんな書類をファイリングしていた。税金や年金関係はもちろん、私達の学校関係、習い事、レシピ、電化製品の使用説明書などなど。
 ファイルの横に10冊ほどのノートがあった。それを抜き出すとテーブルに並べた。表紙は、国語、理科、数学、倫社、さまざまだ。全部、私達兄妹が学生時代に使い残したノート。

「お兄ちゃん、これ」
「なに」
「お母さんの『わたしが死んだらノート』だよ」
「なんだ、それ」

 わからないのも無理はない。兄は就職して、この家を出てから何年か経っていたし、学生時代だって自分遊びが忙しくて親となんて禄(ろく)に話もしてないだろう。それは、いくら自宅通勤とはいえ、自分も似たようなものだった。
 だけど、残業で遅い夕食を取る私に、母がノートについて何だか言ってきたことがある。死期が近いわけでもあるまいし縁起でもない、と受け流してそのままにしていた。

「わからない。だけど、こんな時の為に何かが書いてあるはずなんだ。きっとそうだよ」

 私達は、アトランダムにノートを手に取ると、パラパラと捲(めく)りだした。






――つづく――



伯父・伯母→父母の兄・姉
叔父・叔母→父母の弟・妹
テプラ→クリック。アフィリエイトぢゃありましぇん。
インデックス【index】→ 索引。見出し。



 お、お兄ちゃん、出た!
 でも、これが姉と弟ぢゃ面白くないんだ。てゆうか、オモシロイデスカ、コレ?

 今日のBGM→クリック。

 年齢を問わず読んでいただきたくてお目障(めざわり)かもしれませんが読み仮名を付けます。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
病院からの送料(ていう言葉でOK?)にビックリするのが生々しかったです。自分も昔、身内が亡くなったときに病院の請求額見て、これは何かの冗談かと思いました。
人間って生きてても死んでも金がかかるんですよね。
「わたしが死んだらノート」には何が書いてあるのかな?

URL
2008/07/03 22:41
鯨さん、いつもありがとう。
死体の搬送料もお高いのですが、49日の納骨の際にも業者に現金で3万くらい即金で請求されました。かんぬきで石をこじあけて、骨壷を収めるだけで、ですよ。ほんの10分ほどの作業です。ぶったまげました。
エレベーターの話は知り合いのお父上の話です。他にも、ハチに刺されて亡くなった方もいます。ほんとに、自分の命は自分で守るしかないと思います。わたしね、自分がこのノートを持っているんです。友人に話したら、皆、書いてないていうんですもの。なんか小説になりそうだなあ、て。
つる
2008/07/03 23:46
おぉ、待ってましたよ、新シリーズ!
「わたしが死んだらノート」よさそうなタイトルですね。こういうノートを残すという発想は、今までになかったです。何が書いてあるんでしょう。遺言みたいな感じなんでしょうか。「PCのハードディスクデータを全部消去して」だったり^^; 楽しみです。
shitsuma
2008/07/05 21:55
shitsumaさん、いつもありがとう。
これは、たぶん短い連載ですよ。「お葬式」なんかは、コミカルに映画化されていて、皆知っているでしょう。だから、そっちじゃなくて、身内の裏話を書きたいなと。
友人関係もそうだけど、家族も顔を合わせているわりには肝心な話って、してないんですよ。
このお母さんは几帳面だから、きっとどこに何があるとか書いてあるんです。お父さんは、通帳も保険証書も年金手帳も実印も、どこにあるかわかんない人なんですよ。女性が先に逝くと大変だよ、て意地悪な気持ちで書いてます。
つる
2008/07/05 23:09
今回はゆったりとしたリズムですね。書き込みの密度も高く、長編小説の冒頭のように感じられましたが、短い連載なんだ? ミステリー要素があるので続きがとても気になります。
レイバック
2008/07/06 08:38
エレベーターで転落なんて7年前ならあり得ないと考えたとこだけど、この数年でぼろぼろの実態が明らかになったから、リアルにこわいですね。
生理整頓できてる母君がうらやましいです。
予告キャッチからすると、なんだかびっくりするうな事実が出てきそうですね。楽しみにしてます!

銀河系一朗
2008/07/06 21:33
レイバックさん、いつもありがとう。
短いですよ、たぶん。ドラマチックな出来事の起こりようがないんですもん。
ミ、ミステリの要素て……ないない。たまたま、前回に続いて「死」を取り上げてしまったけれど、病気だったりするとテーマがブレるから、事故であっけなく。このお母さんの人柄がでるノートにしたいな。お母さんて「母親」でくくられてしまって、一人の人間として見てくれてない気がするのね。亡くなってしまったけれど、お母さんが主人公の話です。
つる
2008/07/07 00:14
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
びっくりするようなことが書ければいいんだけど、わたしのノートにちょっと妄想を加えただけだからなあ。どうなんだろ。
それはそうと、几帳面なお母さんの話を書いていたら、わたしにアルバムの神様が降臨なさいました。ええ、10年ぶりくらいでしょうか。そんなんでアルバム整理が優先で、ブログの更新はまったりになります。申し訳ない。このチャンスを逃すと、いついらっしゃるかわからないのです。夏までには終わりにしたい。
つる
2008/07/07 00:32
新連載スタートですね!出遅れちゃったよぉ。
「私が死んだらノート」興味津々です。お母さんのノートっていうのがそそられますね。え?ミステリなの?(笑)
兄と妹っていいですよね。家族なのに男女って感覚がずれますもんね。楽しみで〜す。
ia.
2008/07/08 00:43
お、なんとなく今までと趣向の違う話ですね。
どう書かれてるのかな。
わかった。
名前書かれると死ぬノートだな(。-∀-)♪

続きは、まったり待ってますネ。
火群
2008/07/08 01:38
ia.さん、いつもありがとう。
ミステリの方が良かったかなあ。兄妹で母親の死の真相に迫っていくの。そこには国家規模の大きなプロジェクトが絡んでいた――書けるわけねー。
この兄妹ね。どんなに普段話さなくても所詮兄妹ですからね。なんとなく相手の言うことに納得できちゃう、そんな設定です。毎回、登場人物に個性を持たせようと思うけど、結局いつも普通。わたしが考えることには限界があるわ。なんか突拍子もないこと、ひらめかないかしらん。
つる
2008/07/08 23:11
火群さん、いつもありがとう。
それ、デス・ノートやん。
これは、女性が好きな「ればたら」話ですよ。しかしあれだ。「もしも孤島で、自分が大嫌いな異性と二人きりで生き残ったら」とか「もしも朝起きたら男(又は女)だったら」とか、そういうの間違いなく男性は乗らないよね。「そうなってから言えよ」とか言われるのがオチ。話がちっとも弾みません。嘘でも乗っかってくれたら思いやりを感じるのに。あ、脱線しました。
つる
2008/07/08 23:20

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