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「わたしが死んだらノート」1 母の仮通夜もひと段落し、あとは身内ばかりになった。 母の柩(ひつぎ)の前の父と、その後ろで酔いつぶれている父の実弟と、キッチンで最後の水仕事をする伯母と、私、それとダイニングテーブルで葬儀社のカタログを前に溜息をつく兄だ。 業者との打ち合わせで、明日は斎場で通夜、明後日が葬儀と決まった。それで大体の段取りはついた。父は形ばかりの喪主。葬儀委員長は兄の上司。悲しむ暇もないくらいに決めなければいけないことだらけで、普段、実家になんて寄りつきもしない兄が、こんな時ばっかり「大活躍の巻」だった。 「陽子ちゃん。じゃ、おばさん、そろそろ」タオルで手を拭(ぬぐ)いながら伯母が言う。 「あ、おばちゃん、今日はいろいろとすいませんでした」 「いいのよ。こんな時はお互いさま。本当だったら泊まってあげたいくらいなんだけど、うちには、ばあちゃんがいるからね。ほら、あんなだし。明日連れてくるから」 母は、女女男の3人姉弟だ。祖父は早くに亡くなり、祖母は母の姉に当たる伯母夫婦と暮らしている。長男であるはずの末弟の配偶者が祖母との同居を拒んだからだ。 「太一っちゃん。あんた、長男なんだから気をしっかり持って、お父さんと陽子ちゃんを頼んだわよ」 「はあ」 兄と私が伯母を玄関で見送った。開けられたドアから表の夜気が入って、改めて家中が線香の匂いに満ちていることを知る。あまりの濃度に、我家のいつもの優しい気配が息を潜めている。いや、消えたのだと思った。もう母がいないのだから。 ダイニングルームに戻ると兄が「ビールでも飲むか」と言うので、「じゃ、一杯だけ」と答えた。こんな状況に、年の功で気を利かせた伯母が、多めに酒屋に注文してくれていた。 和室の父に声を掛けると、「いらない」というので、お茶だけ置いた。休むように言っても、たぶん、今夜だけは線香を切らさないように起きているつもりなんだろう。 兄がグラスについでくれたビールは、冷蔵庫の開け閉めが頻繁だったわりには、まあまあ冷えていた。とりあえず二人で、お疲れ、だ。 「通夜ぶるまい」で口にしてないわけでもないのに、兄はグラスの半分ほどを一気にあけた。それを見て、私は冷蔵庫から追加の缶ビールと、ふるまいの残りものを詰めたタッパーを出した。 「うちって意外と親戚、多いのな」 何を言い出すのかと思ったら、そんなのだ。 「よそは知らないから、わからないよ。ふつうじゃん? でもまだいるよ。急だったからね、告別式だけってとこもある」 盆暮れの品が届いたり、従兄弟はもちろん遠縁まで大学受験で上京したり、うちを足場にした東京観光だったり、よく親戚が泊まった。 「そうか。あのさ、なんだってお袋は今日に限ってあのデパートに行ったんだ?」 母は出かけ先のデパートで、箱が上がってないのに開いた扉に踏み出した。所謂(いわゆる)エレベーター転落死、てやつだ。 几帳面だったけど、うっかり屋の母らしい死に方だった。あまりにも突然で家族は皆、現実味を帯びないでいる。バーゲンに夢中で帰宅が遅くなってる? くらいの感じだ。 「さあ? そう言えば2、3日前に、暑くなってきたから、そろそろおとうさんの股引(ももひき)買わなきゃね、とは言ってたけど」 「何で暑くなるのに股引なんだよ」 「あ、股引、違った。ステテコだ。汗取りのステテコ。お兄ちゃんは穿(は)かないだろうけど、中年のおっさんになると、ズボン下に揚柳(ようりゅう)て、さらっとした素材のやつを穿くんだってよ」 「へえ」 兄に説明しながら泣きそうになる。もう、そんなことを教えてくれる人がいなくなった。 「もし、そうなら親父に言わないほうがいいな、それ。責任感じるだろうから」 「わかってるよ。そんなこと」 「デパート側の保障てあんのかな」 「やーね。そゆこと言うんだ。でも誰か来てたね、デパートのお偉いさんが。そう言えば」 なんだか思ったより飲めそうな勢いの私に、継ぎビールしながら兄が言った。 「そういえばあれ、びっくりしなかったか。あれ。病院から母さん運ぶのに4万5千円てなんだよ。タクシーだったら2千円しない距離じゃん」 「仕方ないよ。誰だって死体なんか運びたくないだろうし」 「ぼったくりだよ、ぼったくり。しかも現金だぜ」 葬儀の見積もりに、想像以上にお金がかかりそうだと、いい年して二人で気づいた。生きてる方がよっぽどお金がかからない、そう思う。 「あっ!」 「な、なんだよ!」 兄がビクっとしたのは、私が勢い良く立ち上がったからだ。 それから食器棚の下を開けた。下段にファイルを詰めたケースが2つある。ファイルは整理整頓好きの母らしく、それぞれにテプラでインデックスがつけて整然と並んでいる。 ダイニングテーブルで宿題をしている私の横で、母はよくいろんな書類をファイリングしていた。税金や年金関係はもちろん、私達の学校関係、習い事、レシピ、電化製品の使用説明書などなど。 ファイルの横に10冊ほどのノートがあった。それを抜き出すとテーブルに並べた。表紙は、国語、理科、数学、倫社、さまざまだ。全部、私達兄妹が学生時代に使い残したノート。 「お兄ちゃん、これ」 「なに」 「お母さんの『わたしが死んだらノート』だよ」 「なんだ、それ」 わからないのも無理はない。兄は就職して、この家を出てから何年か経っていたし、学生時代だって自分遊びが忙しくて親となんて禄(ろく)に話もしてないだろう。それは、いくら自宅通勤とはいえ、自分も似たようなものだった。 だけど、残業で遅い夕食を取る私に、母がノートについて何だか言ってきたことがある。死期が近いわけでもあるまいし縁起でもない、と受け流してそのままにしていた。 「わからない。だけど、こんな時の為に何かが書いてあるはずなんだ。きっとそうだよ」 私達は、アトランダムにノートを手に取ると、パラパラと捲(めく)りだした。 ――つづく―― 伯父・伯母→父母の兄・姉 叔父・叔母→父母の弟・妹 テプラ→クリック。アフィリエイトぢゃありましぇん。 インデックス【index】→ 索引。見出し。 お、お兄ちゃん、出た! でも、これが姉と弟ぢゃ面白くないんだ。てゆうか、オモシロイデスカ、コレ? 今日のBGM→クリック。 年齢を問わず読んでいただきたくてお目障(めざわり)かもしれませんが読み仮名を付けます。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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病院からの送料(ていう言葉でOK?)にビックリするのが生々しかったです。自分も昔、身内が亡くなったときに病院の請求額見て、これは何かの冗談かと思いました。 |
鯨 URL 2008/07/03 22:41 |
鯨さん、いつもありがとう。 |
つる 2008/07/03 23:46 |
おぉ、待ってましたよ、新シリーズ! |
shitsuma 2008/07/05 21:55 |
shitsumaさん、いつもありがとう。 |
つる 2008/07/05 23:09 |
今回はゆったりとしたリズムですね。書き込みの密度も高く、長編小説の冒頭のように感じられましたが、短い連載なんだ? ミステリー要素があるので続きがとても気になります。 |
レイバック 2008/07/06 08:38 |
エレベーターで転落なんて7年前ならあり得ないと考えたとこだけど、この数年でぼろぼろの実態が明らかになったから、リアルにこわいですね。 |
銀河系一朗 2008/07/06 21:33 |
レイバックさん、いつもありがとう。 |
つる 2008/07/07 00:14 |
銀河系一朗さん、いつもありがとう。 |
つる 2008/07/07 00:32 |
新連載スタートですね!出遅れちゃったよぉ。 |
ia. 2008/07/08 00:43 |
お、なんとなく今までと趣向の違う話ですね。 |
火群 2008/07/08 01:38 |
ia.さん、いつもありがとう。 |
つる 2008/07/08 23:11 |
火群さん、いつもありがとう。 |
つる 2008/07/08 23:20 |
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