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zoom RSS 「ナゲーよ」

<<   作成日時 : 2008/06/20 19:46   >>

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「ナゲーよ」

 高過ぎも低過ぎもしないスツールに腰掛けて、長方形に切り取られた窓から見えるのは、挙式を終えたばかりのカップルを囲む一団だった。
 6月最後の大安吉日の土曜日は、私達の前にも後にも式を挙げるカップルが目白押しだ。今日だけで7組と聞いた。

「あ、そうだ。母さん。私の手提(さ)げ、持っててね」

裾が短すぎると、着付け師の文句を繰り返す母に、私が言った。

「いいわよ。何が入ってるの?」

「財布とー、手帳とー、デジカメ。あ、デジカメの使い方、わかる? あとは携帯とか細かいものが入ってる」

 わかる? で振り向いたら水平に涙が飛んでった。

「あー、桜子に聞くからいいわ。それより、絹子、あんた今から泣いててどうするの」

 母の言葉を受けた妹の桜子が、丁寧に広げられた私のドレスの向こうから手を伸ばしてティッシュとミラーを渡してくれた。それを白手袋で受け取って、目頭と目じりをペーパーの角で押えた。

 久しぶりに家族が一室に会したというのに、案外と話すことなんてないものだ。バージンロードを私と一緒に歩く父は緊張でダンマリを決め込んでいるし、母は父の感に触らぬよう余計なお喋りは慎んでいるし、大坂から駆けつけてくれた妹は、忙しなく走り回る子供に追われて控え室を出たり入ったりだ。
 室内の静けさにつけ込むような嬌声が外から聞こえた。さっきのグループらしい。堅苦しい雰囲気から解放された彼らは、小一時間後の自分達を見るようだ。父の緊張もいましばらくの辛抱だと思った。

「そろそろです」と係の人が言いに来て立ち上がった。
 空腹の新婦に貧血でも起こされたら適(かな)わない、とばかりに差し入れられたサンドイッチの食べかけを、傍(かたわ)らのテーブルに置いた小トートバッグに放り込んだ。
 マナーモードにしない携帯を、サンドイッチの横に滑り込ませる。
 着信音が聞きたくて、ずっと手にしていた携帯。でも、もう、鳴らない。知ってた。

「うわ。誰かと思った。スゲー」

 廊下で会ってしまった新郎の寛之(ひろゆき)が大げさな声を出した。彼の襟元には、私のティアドロップブーケと同じパールローズを使ったブートニアがつけられている。

「中身はおんなじだよ」

 まんざらでもないくせに、どこかはしゃぎきれない自分がいる。





 むきだしのコンクリートの高いアーチはプラネタリウムの内側のようだ。しんとした空気に堪(こら)えきれなくなった咳払いがあっちにひとつ、こっちにひとつ。
 私は父に腕を絡(から)ませ、これから進むレッドカーペットの前に立った。シニヨンから伸びた私のベールを持つ愛らしいフラワーガールは姪っ子達だ。妹の3つになる双子の姉妹だった。

 父と私が正面の十字架に向かって踏み出した。一歩進んでは止まり又一歩進んでは止まる。リハーサルしたにもかかわらず、父は本番で出す足の順序を間違えたから幾度も双方の肩がぶつかった。姪っ子達の気まぐれな歩調に、私の首が何度もベールに持っていかれた。
 そうしてエスコートされた私は、こちらを向いて祭壇の前で待つ寛之にバトンタッチされた。

 たどたどしい日本語の外国人神父の前で、誓いの言葉の静粛を破ったのは、ぐずる幼児の泣き声だった。その残響効果に、いつか観た映画「卒業」のシーンがかぶる。
 粛々と式が進む。ベールを上げて指輪の交換とサイン。
 それが終わると、さっき父と歩いたバージンロードを寛之と逆に歩いて行く。荘厳なパイプオルガンに合わせて2階席からアヴェマリアの独唱が流れた。

 式を終えて大扉が開かれると、ひと足先に退場した参列者が、階段の両脇で私達を拍手で迎えてくれる。フラワーシャワーもライスシャワーも、この教会はできないのが残念だった。

 クリスチャンでもないのに教会の結婚式。ここで挙式をするには何度か神父の話を聞くために通わなくてはならない。面倒くさがりの寛之がよくつき合ってくれたものだ。

 ジューンブライドになりたかった。例え日本がその季節は一年で一番雨の多い時期で招待客に歓迎されないと知っていても、6月の花嫁は幸せになるというジンクスを私は信じてる。

 それにしても良く晴れた。梅雨の合間とは思えないような日が一週間も続いた。明日はもう雨になるそうだ。

「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「良かったなあ!」
「幸せになんなさいよ」

 たくさんの祝福を受けながら私達は一段ずつゆっくりと下りていく。学生時代の友人に会社の同僚、先輩、後輩、上司。二人の親戚。皆、私達の交際を良く知る人達ばかりだ。情けないことに新郎は新婦を差し置いて号泣(ごうきゅう)している。

 その時、小さなアクシデントが起きた。
 階段の一番下にいた母がデジカメを操作しようとして石段の手すりに私のトートを置いた。バッグの口は開放型だ。食べかけのサンドイッチでも見つけたのか、一羽のカラスが舞い降りて、あっというまに何かを咥(くわ)えて飛び上がった。反動でトートが倒れて中のものがバラバラとこぼれ落ちた。

「あーあーあー」

 その大きな声に、両側に並んだ参列者の視線が思わず母に向けられる。黒留袖の裾が地面につくのもいとわず散らばったものを拾い集めた母が何食わぬ顔で元の位置に戻ると、気を取り直した参列者が、今日の主役の二人を、ようやく思い出してくれた。

「おねえちゃん、これ」

 あと二三段の所で桜子の持つブーケトス用のミニブーケと、私のウェディングブーケと取替えっこする。
 ミニブーケを受け取った私は、片手でコンサバ・ドレスの裾を手繰(たぐ)ると後ろ向きになった。皆の「いち、にぃ、のぉ、さぁああん!」の合図で後方へあてずっぽうに花束を放り投げる。たぶん、私の友人達の手は伸びない。何故なら、ほとんどが既婚者だ。
 わっと女性陣の歓声があがって振り向くと、パステルカラーのブーケは私の勤務先の後輩の手の中だった。遠恋中の彼女が嬉しそうに笑っている。

 それから中庭で専属カメラマンの注文にいくつかポーズをとった。専属と言っても最近ひとり立ちしたばかりの新郎の友人だ。

「こんなにレンズが曇る結婚式は初めてだ」

 目を赤くしたカメラマンが照れくさそうに言った。彼と寛之と、携帯を鳴らすはずの達也は同じ高校のサッカー部だった。

 そのあとは親しい者同士のスナップ撮影になった。ひとしきり時間が潰(つぶ)れて、それから銘々にホテルの披露宴会場に向かうことになった。

 教会の敷地内でホテルが手配した新郎新婦用の送迎ベンツを待つ間に、母が私のトートから取り出した携帯を開けた。

「あらー、絹子、ごめん。さっきので、これ、壊れちゃったみたい」
「ほんとだー」黒い画面を横から覗き込んだ桜子が言った。
「いいよ。それ、もともと使ってないんだ」

 そう。一度も使用してない。それは達也とお揃いの携帯だった。彼がいなくなってしまってからは、ただのお守りになった。
 高校3年のちょうど今頃、私と彼はつき合っていて、二人専用の携帯を買いに行った。バイクで送ってもらって、その帰り道に彼は事故で死んだ。雨に濡れたマンホールの蓋で車輪を取られたのだ。
 彼の葬式でサッカー部の仲間達は男泣きした。出棺の長いホーンが鳴らされると、彼らは声の限りを張って部の応援歌で達也を見送った。その中の一人だった寛之は、それから時々私を励ましてくれるいい友達になった。
  
 あんな事故さえなければ、その夜から二人でメールしてた。でも私の中では達也が死んでないから、メールは続いてた。だから、携帯は達也のメールでいっぱいになっていった。
 そう思わないと生きてる気がしなかった。それでも気持ちが落ちた時は、通じないアドレスを親指で探った。そのあとは、送信口に独り言だ。

 寛之と、時間が、その回数を減らしてくれた。
 
 短いホーンを鳴らしてベンツが乗り入れてきた。その上をかすめて飛ぶツバメがいる。タキシードを着込んだ最後の参列者が「遅れてごめん」と現れて、私と寛之は思わず顔を見合わせた。同じことを思っている。

 
 たっちゃん、


 わたし、10年かかった。


 次のカップルを祝福する鐘が鳴った。大中小3つの鐘を有する高い鐘楼が澄んだ空によく映(は)える。
 あんまり空が青くて、華やかに打ち振られるカーンカーンが「ナゲーよ。ナゲーよ」に聞こえた。まるで達也と寛之のセリフを代弁してるみたいだったから「だはは」思わず頬が緩んだ。

「なんだよ」やっと笑えた私に寛之が突っ込む。


「待たせて、ごめん。これからも、よろし……」あとは声にならない。


「おう。任せろ」


 寛之が鐘楼の高みを目指すツバメに返事する。







                            ――了――


シニヨン→シニョン(chignon、仏:束髪、まげ)とは、束ねた髪をサイドや後頭部でまとめたヘアスタイルのことである。
フラワーガール→キリスト教式の結婚式の時にバージンロードを花嫁の長いベールの裾を持って歩く役割と、花嫁の前に歩いて誘導する役割と、後ろを歩きながら花を蒔いていく役割と分かれる。
ブーケトス(bouquet toss)→挙式後、花嫁が後ろ向きになって、未婚女性のゲストに向かって背中越しにブーケを投げる演出。欧米の習慣で、ブーケを受け取った女性は次の花嫁になれると言われており、幸福のバトンタッチの意味をもっている。
ティアドロップ(Tears Drop)→は涙のしずくという意味。ティアドロップブーケとは、涙の形を逆さまにしたデザイン。
ブートニア→花嫁が持つブーケと同じ花で作られた、新郎の胸元に飾る花のこと。
ブートニアの由来は、男性が女性へプロポーズするときに、野の花を摘んで渡し、女性がプロポーズにOKなら、花束の中の一輪を男性の襟足にさしてあげたことが、由来といわれている。

留袖→既婚女性が着用する和服の一つで、最も格の高い礼装である。五つ紋・裾模様の着物。普通は黒地であるが、色染めのものもある。


 書き直しました。(6/21)
6月に間に合ったけど、チト暗めになった。
 ここで教会の鐘の音が聞けます。お薦めは通称サレジオ教会。鐘によってこんなにも音色が違うんですねぇ。

 今日のBGMお好きなほうで→アヴェ・マリア/eiko 
                  →アヴェ・マリア/ TOSIOピアノVer.

 年齢を問わず読んでいただきたくてお目障(めざわり)かもしれませんが読み仮名を付けます。

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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
ジューンブライドですね。
爽やかな青空を感じました。カラスやツバメの鳥の演出も良かったです。
ia.
URL
2008/06/21 03:47
ia.さん、いつもありがとう。
書き直しちゃった。こんな重たい女性を引き受ける男性もしんどいだろうな、て。そういう経験をした女性を知ってますが、案外と早く結婚しちゃった。切り替えが早いのも女性の特権なのよね。それも悲しい気がして。そうじゃない人もいるんだよ、て言いたかった。相手側にしたら、いやだろうけど、この主人公の伴侶になる男性は同じ経験を共有しているということで許してもらいましょう。
つる
2008/06/21 15:17
「おう。任せろ」
いいですねぇ。歩みだした私をしっかりと受け止めようとする寛之。かっこいいじゃん。小道具も効いてましたね。いつもとは少し趣の違う短編で、味わい深かったです。またこっち系も読んでみたいな。
レイバック
URL
2008/06/21 22:26
レイバックさん、いつもありがとう。
任せろ、しか見てないで突っ走ったから、はじめにアップしたのは、おかしなことになった。
>こっち系
あっちとかそっちとかある?ホラーもミステリもファンタジーも何もないよ。生活密着系一本やり。
もうね。「かっこいい、サッカー、おにいちゃん、チキンハート」この4つのどれかとどれかの組合せしか思いつかないんだ。
つる
2008/06/21 23:54
久々の読みきりですね。しかもなんだか、いつもと雰囲気が違いますね。結婚式ということもあるのか厳かで、なんとなくセンチメンタルで……。
辛い過去から一歩踏み出す。そんな前向きなラストの展開もよかったです^^
shitsuma
2008/06/23 22:15
shitsuma さん、いつもありがとう。
>いつもと雰囲気が違いますね。
ああ、やっとわかりました。レイバックさんの「こっち系」コメントとの合わせ技で、鈍いわたしがようやく理解しました。へんかな。自分の中では、書きたいものは繋がっているんだ。文字にすると、うーん、何ていうか、あ、あれです。「その時歴史が動いた」みたいに、「その時気持ちが動いた」です。平凡な主人公なんだけど、誰かのセリフだとか、現象だとかによって、大きく気持ちが動く、その一瞬を書きたくて、てそんな感じ。
だから、そこに行くまでに、いつも長くなってしまうんだ。
つる
2008/06/23 23:18
良かったです。
主人公が、一山越えた感じで爽やかですね。
ジメジメが吹き飛びました。
こんだけ想われたら、達也も成仏したろうな。

やっぱ普通を描写するのが一番難しいと思う。
火群
2008/06/24 01:22
火群さん、いつもありがとう。
ほんとはね、男性の方がずっとロマンチストだって、わかってるんです。
この話はね。途中で少し重たくなった。もっとカラッといくはずだったんだ。
>普通
普通の中に案外とドラマチックが隠されている。だから、目が離せない。
つる
2008/06/24 22:37
十年かけてふっきった想いですか。
やっぱり内面だけなく、一人称でなく、客観描写で描ける部分ということで携帯にされたんですね。
なかなか味わいありますね。
銀河系一朗
2008/06/25 23:24
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
一人称のつもりなんです。へんだったかな。
なんかね、最近モチベーション下がってて、ピンときてなくて、ごめんなさい。
つる
2008/06/28 23:23
は〜やっと追いつきました(^^v
ご無沙汰許してね。

いいお話でしたね。
思いっきり引き込まれて
最初長かったら寝ようっと思っていたのに
最後まで一気読みしちゃいましたよ。
読んだあと何故だか爽やかな気分です。

URL
2008/06/30 00:21
舞さん、来てくださってありがとう。
どうしても長くなっちゃうのね、わたし。一度に負担にならない長さは原稿用紙2枚位かなとも思ってるんだけど、なるべく頑張るのでこれからもよろしくね。
爽やかと言ってくださって嬉しいな。やっぱり、読んだ後に希望があるほうがいいものね。現実はそうきれいごとばかりとはいかないんだもの。
つる
2008/07/03 00:34
 はじめまして、rainです。
じ・・・んと胸に来ました。
いいお話で。
梅雨の季節にジューンブライドになることで、辛い過去を乗り越えようとする主人公の気持ちがひしひしと
伝わってきました。
題の「ナゲーよ」がどこにかかってくるのかと思ったら、鐘の音だったんですね(笑)
 つるさんの時代物小説を読んだ後ここに来たので、この話のカラーは意外でした。
恋愛系もいいですね♪

初めての小説をナントカカントカ書いています。
よかったら遊びに来てください!
では、また^^*







rain
URL
2009/05/06 12:11
はじめまして、rainさん。すてきなHNですね。そして、読んでくださってありがとう。
自分でも久しぶりにここにきました。何を思って、書いたんでしょうね。ちょっと恥ずかしい。
でも、そんなふうに仰ってくださって、本当にありがとう。え?時代物も読んでくださったの?うわあ。申し訳ないくらいです。なにしろ、書き始めて二年ぽっちの若造。恋愛ものは特に苦手なんです。
rainさんも書いてらっしゃるのね。これから伺います。
また来てください。
つる
2009/05/07 01:35

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