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「ナゲーよ」 高過ぎも低過ぎもしないスツールに腰掛けて、長方形に切り取られた窓から見えるのは、挙式を終えたばかりのカップルを囲む一団だった。 6月最後の大安吉日の土曜日は、私達の前にも後にも式を挙げるカップルが目白押しだ。今日だけで7組と聞いた。 「あ、そうだ。母さん。私の手提(さ)げ、持っててね」 「いいわよ。何が入ってるの」 「財布とー、手帳とー、デジカメ。あ、デジカメの使い方、わかる? あと携帯とか細かいもの」 わかる? で思わず振り向いたら水平に涙が飛んでった。 「あー、桜子に聞くからいいわ。それより、絹子、あんた今から泣いててどうするの」 妹の桜子が、丁寧に広げられた私のドレスの向こうから手を伸ばしてミラーとティッシュを渡してくれた。白手袋で受け取ると、こすらないように目頭と目じりを押えた。 久しぶりに家族が一室に会したというのに、案外と話すことなんてないものだ。バージンロードを私と一緒に歩く父は緊張でダンマリを決め込んでいるし、母は父の感に触らぬよう余計なお喋りは慎んでいるし、大坂から駆けつけてくれた妹は、子供につきっきりで控え室を出たり入ったりだ。 室内の静けさにつけ込むような嬌声が外から聞こえた。さっきのグループらしい。堅苦しい雰囲気から解放された彼らは、小一時間後の自分達を見るようだ。父の緊張もいましばらくの辛抱だと思った。 「そろそろです」と係の人が言いに来て立ち上がった。 空腹の新婦に貧血でも起こされたら適(かな)わない、とばかりに差し入れられたサンドイッチの食べかけを、傍(かたわ)らのテーブルに置いた小トートバッグに放り込んだ。 マナーモードにしない携帯を、サンドイッチの横に滑り込ませる。着信音が聞きたくて、ずっと手にしていた。でも、もう、鳴らない。知ってた。 「うわ。誰かと思った。スゲー」 廊下で会ってしまった新郎の寛之(ひろゆき)が大げさな声を出した。彼の襟元には、私のティアドロップブーケと同じパールローズを使ったブートニアがつけられている。 「中身はおんなじだよ」 まんざらでもないくせに、どこかはしゃぎきれない自分がいる。 むきだしのコンクリートの高いアーチはプラネタリウムの内側のようだ。しんとした空気に堪(こら)えきれなくなった咳払いがあっちにひとつ、こっちにひとつ。 私は父に腕を絡(から)ませ、これから進むレッドカーペットの前に立った。シニヨンから伸びた私のベールを持つ愛らしいフラワーガールは姪っ子達だ。妹の3つになる双子の姉妹だった。 父と私が正面の十字架に向かって踏み出した。一歩進んでは止まり又一歩進んでは止まる。リハーサルしたにもかかわらず、父は本番で出す足の順序を間違えたから幾度も双方の肩がぶつかった。姪っ子達の気まぐれな歩調に、私の首が何度もベールに持っていかれた。 そうしてエスコートされた私は、こちらを向いて祭壇の前で待つ寛之にバトンタッチされた。 たどたどしい日本語の外国人神父の前で、誓いの言葉の静粛を破ったのは、ぐずる幼児の泣き声だった。その残響効果に、いつか観た映画「卒業」のシーンがかぶる。 粛々と式が進む。ベールを上げて指輪の交換とサイン。 それが終わると、さっき父と歩いたバージンロードを寛之と逆に歩いて行く。荘厳なパイプオルガンに合わせて2階席からアヴェマリアの独唱が流れた。 式を終えて大扉が開かれると、ひと足先に退場した参列者が、階段の両脇で私達を拍手で迎えてくれる。フラワーシャワーもライスシャワーも、この教会はできないのが残念だった。 クリスチャンでもないのに教会の結婚式。ここで挙式をするには何度か神父の話を聞くために通わなくてはならない。面倒くさがりの寛之がよくつき合ってくれたものだ。 ジューンブライドになりたかった。例え日本がその季節は一年で一番雨の多い時期で招待客に歓迎されないと知っていても、6月の花嫁は幸せになるというジンクスを私は信じてる。 それにしても良く晴れた。梅雨の合間とは思えないような日が一週間も続いた。明日はもう雨になるそうだ。 「おめでとう!」 「おめでとうございます!」 「良かったなあ!」 「幸せになんなさいよ」 たくさんの祝福を受けながら私達は一段ずつゆっくりと下りていく。学生時代の友人に会社の同僚、先輩、後輩、上司。二人の親戚。皆、私達の交際を良く知る人達ばかりだ。情けないことに新郎は新婦を差し置いて号泣(ごうきゅう)している。 その時、小さなアクシデントが起きた。 階段の一番下にいた母がデジカメを操作しようとして石段の手すりに私のトートを置いた。バッグの口は開放型だ。目ざとく食べかけのサンドイッチを見つけた一羽のカラスが舞い降りて、あっというまにそれだけ咥(くわ)えて飛び上がった。反動でトートが倒れて中のものがバラバラとこぼれ落ちた。 「あーあーあー」 母の大きな声に、両側に並んだ参列者の視線が思わず下方に向けられる。黒留袖の裾が地面につくのもいとわず散らばったものを拾い集めた母が何食わぬ顔で元の位置に戻ると、気を取り直した参列者が、今日の主役の二人を、ようやく思い出してくれた。 「おねえちゃん、これ」 あと二三段の所で桜子の持つブーケトス用のミニブーケと、私のウェディングブーケと取替えっこする。 ミニブーケを受け取った私は、片手でコンサバ・ドレスの裾を手繰(たぐ)ると後ろ向きになった。皆の「いち、にぃ、のぉ、さぁああん!」の合図で後方へあてずっぽうに花束を放り投げる。たぶん、私の友人達の手は伸びない。何故なら、ほとんどが既婚者だ。 わっと女性陣の歓声があがって振り向くと、パステルカラーのブーケは私の勤務先の後輩の手の中だった。彼女は、今、遠恋中だったから嬉しそうだ。 それから中庭で専属カメラマンの注文にいくつかポーズをとった。専属と言っても最近ひとり立ちしたばかりの新郎の友人だ。 「こんなにレンズが曇る結婚式は初めてだ」 照れくさそうにカメラマンの彼が言った。彼と寛之と達也は同じ高校のサッカー部だった。 そのあとは親しい者同士のスナップ撮影になった。ひとしきり時間が潰(つぶ)れて、それから銘々にホテルの披露宴会場に向かうことになった。 教会の敷地内でホテルが手配した新郎新婦用の送迎ベンツを待つ間に、母が私のトートから取り出した携帯を開けた。 「あらー、絹子、ごめん。壊れちゃったみたい」 「ほんとだー」横から覗き込んだ桜子が言った。 「いいよ。それ、もともと使ってないんだ」 そう。一度も使用してない。それは達也とお揃いの携帯だった。彼がいなくなってしまってからは、ただのお守りになった。 高校3年のちょうど今頃、私と彼はつき合っていて、二人専用の携帯を買いに行った。送ってもらって、その帰り道に彼はバイク事故で死んだ。雨で濡れたマンホールの蓋に車輪を取られた。 彼の葬式でサッカー部の仲間達は男泣きした。出棺の長いホーンが鳴らされると、彼らは声の限りを張って部の応援歌で達也を見送った。その中の一人だった寛之は、それから時々私を励ましてくれるいい友達になった。 あんな事故さえなければ、その夜から二人でメールしてた。でも私の中では達也が死んでないから、メールは続いてた。だから、携帯は達也のメールでいっぱいになっていった。 そう思わないと生きてる気がしなかった。それでも落ちた時は、通じないアドレスを親指で探った。あとは、送信口に独り言だ。 寛之と、時間が、その回数を減らしてくれた。 短いホーンを鳴らしてベンツが乗り入れてきた。その上をかすめて飛ぶツバメがいる。タキシードを着込んだ最後の参列者が「遅れてごめん」と現れて、私と寛之は思わず顔を見合わせた。同じことを思っている。 たっちゃん、 わたし、10年かかった。 次のカップルを祝福する鐘が鳴った。大中小3つの鐘を有する高い鐘楼が澄んだ空によく映(は)える。 あんまり空が青くて、華やかに打ち振られるカーンカーンが「ナゲーよ。ナゲーよ」に聞こえた。まるで達也と寛之のセリフを代弁してるみたいだったから「だはは」思わず頬が緩んだ。 「なんだよ」やっと笑えた私に寛之が突っ込む。 「待たせて、ごめん。これからも、よ……」あとは声にならない。 「おう。任せろ」 寛之が鐘楼に向かうツバメに返事する。 ――了―― シニヨン→シニョン(chignon、仏:束髪、まげ)とは、束ねた髪をサイドや後頭部でまとめたヘアスタイルのことである。 フラワーガール→キリスト教式の結婚式の時にバージンロードを花嫁の長いベールの裾を持って歩く役割と、花嫁の前に歩いて誘導する役割と、後ろを歩きながら花を蒔いていく役割と分かれる。 ブーケトス(bouquet toss)→挙式後、花嫁が後ろ向きになって、未婚女性のゲストに向かって背中越しにブーケを投げる演出。欧米の習慣で、ブーケを受け取った女性は次の花嫁になれると言われており、幸福のバトンタッチの意味をもっている。 ティアドロップ(Tears Drop)→は涙のしずくという意味。ティアドロップブーケとは、涙の形を逆さまにしたデザイン。 ブートニア→花嫁が持つブーケと同じ花で作られた、新郎の胸元に飾る花のこと。 ブートニアの由来は、男性が女性へプロポーズするときに、野の花を摘んで渡し、女性がプロポーズにOKなら、花束の中の一輪を男性の襟足にさしてあげたことが、由来といわれている。 留袖→既婚女性が着用する和服の一つで、最も格の高い礼装である。五つ紋・裾模様の着物。普通は黒地であるが、色染めのものもある。 書き直しました。(6/21) 6月に間に合ったけど、チト暗めになった。 ここで教会の鐘の音が聞けます。お薦めは通称サレジオ教会。鐘によってこんなにも音色が違うんですねぇ。 今日のBGMお好きなほうで→クリック。 →クリック。 年齢を問わず読んでいただきたくてお目障(めざわり)かもしれませんが読み仮名を付けます。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
ジューンブライドですね。 |
ia. URL 2008/06/21 03:47 |
ia.さん、いつもありがとう。 |
つる 2008/06/21 15:17 |
「おう。任せろ」 |
レイバック URL 2008/06/21 22:26 |
レイバックさん、いつもありがとう。 |
つる 2008/06/21 23:54 |
久々の読みきりですね。しかもなんだか、いつもと雰囲気が違いますね。結婚式ということもあるのか厳かで、なんとなくセンチメンタルで……。 |
shitsuma 2008/06/23 22:15 |
shitsuma さん、いつもありがとう。 |
つる 2008/06/23 23:18 |
良かったです。 |
火群 2008/06/24 01:22 |
火群さん、いつもありがとう。 |
つる 2008/06/24 22:37 |
十年かけてふっきった想いですか。 |
銀河系一朗 2008/06/25 23:24 |
銀河系一朗さん、いつもありがとう。 |
つる 2008/06/28 23:23 |
は〜やっと追いつきました(^^v |
舞 URL 2008/06/30 00:21 |
舞さん、来てくださってありがとう。 |
つる 2008/07/03 00:34 |
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