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zoom RSS 「理想の高校生」EAST SIDE STORY 16

<<   作成日時 : 2008/01/19 20:30   >>

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EAST SIDE STORY 16
 年が明けた。
 正月休みの街の空気は澄み渡っている。
 青いブリッジの橋げたをくぐった鋼材船が、運河の川面を切り裂くように下流に曳(ひ)かれて行く。
 船の余波が鋭角から鈍角になって護岸に打ち付けられると飛沫(しぶき)があがった。
 年賀状配達も終え橋を通りかかると直毅は自転車を止めた。 
 あれからどうしているんだろう――とでもいうふうに、対岸に目を向けた。
 運河の向こう側、そこは佐藤さんの住む街だ。
 
 あんな事があって、もう無邪気に会うことも叶わないと知っている。互いの家族を思えば、それが自然なことだ。 
 自分たちではどうにもならないことがある。それは“仕方のないこと”としか言いようがなかった。





 「ただいま」直毅が帰宅すると、

「おにいちゃん、あんたダウン失くしたって言ってたけど、人に貸したんなら貸したって言いなさいよ」キッチンから声が掛かった。

“冬休み中は自宅謹慎”という学校の仮処分を受けた直人の監視がてら、母さんはパートを休んでいた。

「え?」

「そこにある袋、紙袋のやつ。そう、ソレ」

「あ」

「『あ』じゃないでしょ。今朝あんたが出てすぐ、きれいなお嬢さんが」

( 来たんだ )

「ほどほどにしときなさいよ」

「?」

「どうせ傷つくのはあんたなんだから」

 ハナからフラレると思い込んでるような口調だ。

「関係ねえよ」

「ま、あんたの理想がけっこう高いということはわかった」

「ちげ〜し」

「その心意気は買おう」

「ウゼ〜」

「なんか下に入ってるみたいよ。袋重たかったから」

「何?」

「知らないよ。爆弾だったらやだもの」なわけない。

 ダウンの下から百人一首の箱が出てきた。二つ折りにした二枚のレポート用紙が添えられている。初めて見る佐藤さんの字だった。


《松本君へ

 百人一首のゲームに勝つには、歌を覚えるのが一番です。でも、一度に全部を覚えようとしても、なかなか大変です。そこで役に立つのが“決まり字”を覚えるという方法があります。
 例えば、「む」で始まる歌は、87番の「むらさめの」 しかありません。そこで「む」と聞けば、すぐにどの歌か、わかるのです。
 こんなふうに、そこまで聞けばなんの歌かわかる、というキーワードを“決まり字”と言い、「む」のよう な一字でわかるものを“一字決まり”と言います。
 そのほか“二字決まり”から“六字決まり”までありますが、まずは代表的な“一字決まり”を紹介します。              


■一字決まりを覚えよう!

<読み札>   <取り札>     <歌番号>
む(らさめの) → きりたちのぼる → 87番     
す(みのえの) → ゆめのかよいぢ → 18    
め(ぐりあえて) → くもがくれにし → 57     
ふ(くからに) → むべやまかぜを → 22    
さ(びしさに) → いづこもおなじ → 70      
ほ(ととぎす) → ただありあけの → 81      
せ(をはやみ) → われてもすゑに → 77  
   

 「むすめふさほせ」です。
 ね!すぐに覚えられそうでしょう?
 もう一枚あるのは、いつか約束した村上君の分です。
 一組も二組も優勝目指して頑張って下さい。じゃ、元気でね。佐藤ゆみこ》



「あ〜」

「何、あら百人一首。どしたの、これ」

「貸してくれたんじゃね?こいつ同好会だから」って『こいつ』呼ばわりかい。

「へえ」





「む、むらさめのむらさめのきりたちのぼる、す、すみのえのすみのえのゆめのかよいぢ――」ダイニングテーブルで“一字決まり”を真面目に復唱する直毅。

「ねえ、百人一首しない? しようよ、百人一首」

 居間から母さんが言った。父さんは新年会とやらでまだ帰らない。

「うん、いいよ」

 気抜けするほど素直に直人が返事をした。夕飯もとうに済み、正月番組も見飽きて暇を持て余していた。
『それなら』と、直毅もホットカーペットの上にやって来た。
 バラバラと字だけの取り札を広げる三人。

「うわあ! 久しぶりだねえ。あんたたちとこういうの」はしゃぐ母さん。

 最後に三人でトランプしたのは、直人が中学生になったかならないかくらいの頃だから、二年ぶりのことだった。

「直人だってナンジャラホイ高校に入ったらカルタ大会あるんだし、今から練習練習」

「入れねえよ」

「わっかりませんよお。あんたは三年生まで百点しか取ったことなかったもの。もともと頭は悪くないんだから」

 苦笑いする直人。それが母さんの口癖で、直人のすることで人様に言える唯一の自慢と知っている。

「え〜とそれじゃ、母さんが読むよ。あんたたちに少しハンデをあげないとね。でも負けないよ。本気とか出しちゃうよ。『ちょっと待って』とか、『今のなし』とか、そんなのだめだよ。泣くのも、なしね」

「何でもいいからくっちゃべってないで早く読めよ」直毅。

「いきまーす! 人はいさ〜心も知らず〜ふるさとは〜、ハイッ!」

「汚ねっ! 最後まで読めよ!」直人。

「つぎいくよ。久方(ひさかた)の〜光のどけき春の、ハイッ!」

「だからやり方が汚ねーつーの! 最後まで読めって!」直毅。

「あはっ! あははははははは」ハイテンションの母さん。そこから降りて来る気配すらない。





「カカカ! どうだ!」 母さんの圧勝だった。

「あれ? 終わり?」一枚残ったカーペットの取り札を見て直人が言った。

「うん。もう読み札ないもの」

『どこだどこだ』と三人で座布団の下などを探すが見つからない。やがて直人が読み札を数え始めて、

「あ、やっぱ絵札(読み札)が一枚足りないんだ。九十九枚しかねえ」と言った。

「『われても末(すゑ)に あはむとぞ思ふ』かぁ」

 残った下の句だけの取り札を読むと、

「ふうん。足りないのは偶然なのか、“故意”なのか。それが“恋”なら“来い”」 母さんがつまらない駄洒落を言った。





「あ」 

 暗い部屋の中で思い出したように言うと、直毅は布団から起き上がった。
 そそくさと机の前に座って、学習スタンドのスイッチを押した。

「直人。“国語便覧”借りるよ」

 中学校の副教材に、百人一首の全部の句と解説が載っていた。
 取り札を片手にパラパラとめくって、

「われてもすえに、われてもすえに、と――あった」

 それに行き当たった。


【瀬を早み 岩にせかるる 滝川がはの われても末(すゑ)に あはむとぞ思ふ】崇徳院(すとくいん)


「意味わかんねえし」


<口語訳>
 川の浅瀬の流れが早いために、岩にせき止められた急流 が、いったんは二つに分かれても、また、下流で一つに なるように、私達二人も、たとえ今は人に邪魔されても、 将来は、きっと結ばれようと思う。(参考URL



 「おいおい」口語訳の最後の部分に突っ込みを入れると、頭の後ろに手を組んで回転椅子をキシキシと揺らせた。

「ああ、そうか」


 直毅も本を読む方だからバカじゃない。和歌に含みがあることくらい知っている。 
『あんな事があったけど、いつかまた話ができるといいね』――そんなふうに彼女は言いたいだろうかと思った。






 アルバイトも今日で終わりという日。
 直毅は青いブリッジの中央に立った。いつか二人で“見えない海”を見た辺(あた)りだ。
 彼女の横顔があった自分の肩先から、白い建物、臨界タワーと視線を移して、ウンコのビルで、

「ははっ」声だけ笑った。


 ドスンと横から走って来た小学生が、直毅にぶつかった。
 冬期講習帰りらしい一団の誰かのカバンから、ドサドサッと中身が散らばった。

「あ〜いけないんだあ、いけないんだ」わあっと歓声が上がった。

「すみませんすみません」

 落とし主らしい子が頭を下げた。直毅は、慌てて拾い集める子どものそばに黙ってしゃがむと、それを手伝った。
 ひと通り拾って渡すと、それを見届けた一団が、わっ!と走り出した。

「すみませんでした!」言い残して、後を追い駆ける小学生。

「おう。気ぃつけてな!」ヒカルたちくらいの彼らをひとしきり見送って足元を見ると、

「あれ?」コンパスが落ちていた。

 それを手にして、先ほどの行方を見ると、もう一団の影もない。

「ま、いっか」

 ふと思いついたようにコンパスの脚を開いた。
 針の軸を握ると、ペンキの剥がれ落ちた、それでも薄いブルーの残った欄干を切っ先で削った。
 もう考えない――そう決めたんだろう。
 閉じたコンパスを欄干の目につく場所に置いて、サドルに跨(またが)った。



【今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな 】左京大夫道雅(さきょうのだいぶみちまさ )


 
 薄いブルーのペンキに真新しい引っ掻き傷が残された。

 ひとりぼっちの『サトウ』さん。

 彼が欄干に置いたひとりぼっちを振り切るようにペダルを漕ぐと、あっという間に背中のブリッジが小さくなった。


 重たいグレーの雲が圧(の)し掛かるように埋立地を覆っている。
 始業式まであと三日の、今にも空から白いものが落ちてきそうな寒い寒い日のことだった。



<つづく>



■今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな /左京大夫道雅(さきょうのだいぶみちまさ )
<口語訳>
今はもう、あなたのことはきっぱりあきらめようと決めたが、ただそれだけを人づてでなく、直接 あなたに伝える方法があればなあ(せめてもう一度あなたに会いたい)。参考URL
 



 お話の中ではやっと年が明けました。現実は正月なんてはるか遠い出来事のようです。
 

 今日のBGM→「Pieces」
 歌詞→クリック
 

 年齢を問わず読んでいただきたくてお目障(めざわり)かもしれませんが読み仮名を付けます。
 


↓今週は寒かったですね。耳が切れるかと思いましたよ。
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
佐藤さん、やるね。わざと一枚抜いて恋の暗号か。
一句できました。

コンパスは 跡をめぐりて 円作ろう by喫茶(字余り)

直訳(マギー司郎風に)コンパスは、円周の跡をたどって円を作る道具なんだよね。
意訳 コンパスで、思い出の跡を辿って、縁を繕うことだなあ。
銀河系一朗
URL
2008/01/20 14:44
銀河系一朗さん、いつもありがとう。暗号ですね。一応「素直になれない長女」っていう設定なんです。だいたいからしてですね、書いてる自分が屈折してるものですから登場人物にも反映されてしまいますねえ。恥しいかぎりです。一句とはまた風流な。では、わたしも、

円と円 重なる部分が 二人の接点(字余り)

コンパスとか消しゴムとか案外身近な文房具ってなんだかそそられますよね。そんなこたぁねえだろ!とかいう突っ込みはなしでお願いします。
つる
2008/01/21 01:20
こんばんは。百人一首を使ってメッセージかぁ。いいな。なんかオサレだな。僕なら読解出来てないだろうけど(笑) >理想のハードルがけっこう高い〜 「ハードルが高い」は普通「障害が大きい」という意味で使われるので、「理想の」とは繋がりにくいかも。そのまま「理想が高い」の方が伝わりやすいかな。
レイバック
URL
2008/01/22 23:15
レイバックさん、いつもありがとう。
ん?
>「ハードルが高い」は普通「障害が大きい」という意味で使われるので、「理想の」とは繋がりにくいかも。
ふーん、なるほど。ハードルの捉え方にへんな思い込みがあったっていうことね。さっそくアドバイスに従って手直ししてみよう。いつも感謝です。
百人一首はね。この札を使いたいが為に、佐藤さんをいまどき流行らない同好会にしてみたり、不自然にならないようにこのシリーズにだけ無理に歌を取り込んでみたりしました。本当は一貫して取り込めば良かったんだろうけど、何しろお話の始めと最後だけ決めてあとは中を塗りつぶすように書いてきたものだからって言い訳?
ああ、あれこれ語らないでドンとお話だけ送り出せるような力が欲しいです。
つる
2008/01/23 02:33

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