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zoom RSS 「理想の高校生」EAST SIDE STORY 20

<<   作成日時 : 2008/01/31 22:28   >>

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EAST SIDE STORY 20

―2日前の品川駅―


【わたの原 八十島(やそしま)かけて こぎ出(い)でぬと 人には告げよ あまのつり舟】参議 篁(さんぎたかむら)


「ゆみこ!」

 新幹線のホームに立つ佐藤さんに、お母さんが呼び掛けた。
 振り返った佐藤さんに、

「何、誰か来んの?」

「ううん」

「じゃ早くしなさい。もう時間だよ」と言うと、慌しく列車に乗り込んだ。

「うん」

 返事をすると、佐藤さんはもう一度ホームの向こう側に目をやった。
 東京のグレーに沈んだ風景がそこにある。故郷と呼ぶにはあまりにも雑然として埃臭い町。それでも去るとなるといっぱしの郷愁が湧いてくる。
 言ったら泣く、きっと泣く――とうとう親友の酒井さんに言えなかった。その事だけが心残りで手にした携帯に視線を落とした。
《規子、ごめん。いろんな事情で岡山に行くことになりました》書きかけの送信画面。そこから先が打てない。パタンと閉じるとサブバッグにそれをしまった。
 

 佐藤さんは8人家族だ。通路を挟んで、山側に佐藤さんとお母さんの女チームが、海側の前後の席にお父さんと弟五人の男チームが分かれて座った。いや、海側着席してない。「オレが窓際だ」の「オレがそっちだ」のって子どもたちは大はしゃぎだ。まるで旅行気分。そりゃそうだろう。3年前に脱サラしたお父さんがフランチャイズのコンビニ経営を始めてからは毎夏恒例の家族旅行が無くなった。 

 ルルルルルとガラス窓一枚向こうでベルが鳴リ終わるとプシューとドアが閉まる音がした。ヒュウゥーンと走り出す新幹線。ほんの僅かな間、窓に見慣れた光景が映り、すぐにスピードが上がるともう知らない町がどんどん後ろに飛んで行った。
 佐藤さんは白いコートを窓際のフックに掛けると、サブバッグを手に座席についた。

「悪かったね」

「何が?」

「いろいろとさ」

 店のゴタゴタで、引越しの準備から、下の弟たちの面倒まで娘に任せっぱなしにしてしまった事を、お母さんが口にした。

「いいよ。どうせ決まってたことだし」

「そうだ。制服、間に合わないかもしれないね」

「別にあれでいいよ。あの制服気に入ってるし」

「そういうわけにいかないでしょ。そういうのがイジメに繋がったりするんだから」

「そんなの考え過ぎだよ。それよりいいの? こんなの乗っちゃって。夜行でも良かったのに」

「お父さんがね、そういうからさ」お父さん、新幹線を無理した。

 バンッ!

「あっびっくりしたなあ、もう」

 すれ違う新幹線の風圧に、ガラス窓が派手な音を立てた。「わあっ!」と弟たちも歓声を上げた。


 バン!

「争点がずれていると思います」

「今問題にしているのは宿題をやったとか、やってないとか、そういうことではないと思います。遅刻をしたからといって宿題をしてこなかったと決めつけてかかった先生の発言に問題があると言っているんです」



 佐藤さんはサブバッグの中から小冊子を取り出して膝の上に乗せた。「花よりメガネ男子」の36号。直毅が表紙を飾ったあのフリーペーパーだ。毎週金曜日になるとコンビニの外に置かれるそれを見た時、彼女は彼だってすぐにわかった。
 懐かしさに佐藤さんは、フウと小さな溜息を漏らした。それを見たお母さんも、 

「はあ。これからどうなるんだか」

 溜息をついて通路際に座るお父さんを恨めしそうに見た。お父さんは二人の会話が耳に入っていたんだろう。

「なあに、心配いらないさ。向こうだってずっと来てくれって言ってたんだ。それにお義兄さんだってお義父さんだって悪い人じゃない」

「兄さんはいいのよ。あたしは和子さん(義姉)に何言われるかわかんないって、そういう心配を言ってるの。父さんたちが口を出さないのをいいことに言いたい放題なんだから。そんなとこにもってきてよ。こんな都落ちみたいに家族8人でノコノコ帰ってごらんなさい。ああ、やだやだ。考えただけでも憂鬱になるわ」

 佐藤さんのお母さんの実家は岡山の桃農家だ。お兄さんの代になってからはマスカットも手がけるようになって人手が足りなかった。
 佐藤さんのお父さんは子どもが好きで残業や出張が多い職場に見切りをつけて自営の道を選んだ。それが3年前。もともと人の良いお父さんにはガツガツした経営は不向きだった。そして1年前、近所に大手のコンビニができてからというもの、店は赤字経営を余儀なくされていた。
 佐藤家にとって岡山行きの話は渡りに船だった。

「まあ、そう後ろ向きに考えるな。楽しいこともあるだろうさ」

「またそんな呑気なことを言う。都会の人は桃の木が生えてりゃ勝手に実がつくとでも思ってるだろうけど、ほんとに大変なのよ。あたしはそんな親の苦労を見てるからね。桃農家だけはごめんだって東京のサラリーマンに嫁(とつ)いだつもりだったんですけどね」ジャブ。

「お父さん。あたし手伝うよ、桃とか畑とか」

「ありがとうな。でもゆみこは勉強ができるんだから、そんなこと心配しないで進学するんだな」

「だからそういう時のためにも『マンションだけでも残しておこう』って言ったんですよ」連続ジャブ。

「仕方ないさ」
 
「行かないよ、大学なんて」

「じゃ母さんみたいに『ミス桃娘』にでもなるか?」

「は? 遠慮しとく。桃娘とかやだ」

「もしもし?  『桃娘』違くて『ミスピーチ』ですけど。でもそのピーチになって販促キャンペーンで東京に出てきたのが運のつきだったわ。父さんに捕(つか)まっちゃった」

「へえ」

「お母さん、あの頃きれいだったなあ」

「やだお父さん」

「ぼくも手伝うよ」
 
 背伸びしたい年頃の6年生のマモルが言うと、お父さんは「ありがとうな」と言うふうにマモルの頭にガシッと手を乗せた。

「なあ、母さん。10年もすれば子どもらも大きくなるだろうさ。あと10年、10年辛抱して頑張ろうや」

「10年かあ、長いような短いような」

「やだっ! わたし27になっちゃうよ」

「ははは」「あはは」

「あっ! 富士山!」

 新富士駅を過ぎると、4年生のヒカルが言った。「富士山だ」「富士山だ」と2年生のトオルも、1年生の双子の耕平と洋平も、通路を飛び越えて山側の席の窓へと移動して大騒ぎになった。

「いたたっ! ちょっと痛い! 足踏んでる足踏んでる手も踏んでる」お母さん。

「ダイジョブ? 痛い?」佐藤さん。


「いてえ」

「手」



「あ……」

 佐藤さん、何か思い出して赤くなった。

「何やってんだよ!」

 反対側の席でマモルが弟たちを諌(いさ)める声で言った。


「何やってんだ! 満潮の時間だろう。大潮だったら――」


 今度は佐藤さん、ふくれっ面だ。

「だってヒカル兄ちゃんがくんないんだもん」トオル。

「おまえ自分の分あんだろ、ふざけんな」

「いいじゃん、ケチ! あっ!」

 ヒカルの伸ばした手をかわそうとしたトオルのキャラメルコーンがフロアにぶち撒かれた。

「オレじゃねえ。おまえがこぼしたんじゃん」

「静かにしなさい! ヒカルもトオルも黙って拾いなさい」お父さん。

「どうすんだ! 弁償ォ!」


「――どうするんだ。川の水だってきれいじゃないの知ってる筈だろ。小さい子の目にばい菌が入ったらどうすんだ」


 佐藤さんは窓枠に沿って腕を伸ばすと、ガラスに頭をもたせかけた。いつもなら自分が率先して下の子の面倒を見るのだが、今日ばかりは両親がいるので傍観者でいい。もう堰(せき)を切ったように直毅のことが思い出された。

「お母さん。お腹痛い」耕平が言った。

「お母さん! 耕平お腹痛いんだって。ウンコなんだって」

「え〜? だから言ったでしょう。いっぺんに食べちゃだめだって」

「だめだって。やーい。ウンコウンコ」

「クソだクソだ」


「オレ帰るわ。腹痛ぇから」

「うるせ〜よ。クソくらいすんだろが!」

「オレはプールのかっこいいおにいちゃんだ」



「ふふっ」

「海だ!」「海! 海! お母さん! 海だよ!」

「浜名湖だよ」笑っているお母さん。

「海、か」

 佐藤さんは微笑んだ。直毅と見た「見えない海」を思い出したのだろう。
 やがて目を瞑(つむ)ると、そんな喧騒をよそに眠ってしまった。並みの神経ではとてもじゃないけど、こうはいかない。大家族ならではの特技だ。

「あっ! 姉ちゃん、泣いてる。お母さん! 姉ちゃん泣きながら寝てる」

 彼女の頬に涙の跡を見て大発見をしたようにヒカルが言った。

「シッ! 静かにしなさい。お姉ちゃん疲れてるんだから」

 彼女は夢を見ていた。

 ミスピーチのたすき掛けをした彼女は、準ミス二人と新幹線に乗っている。準ミスの1人は酒井さんで、もう1人は何故かお母さんだった。東京のキャンペーン会場に着いた3人は、白いネットで保護した名産の白桃や白鳳を通行人に振舞っている。カゴにいっぱいの重い桃。配っても配っても桃は減らない。遠くの柱の陰に直毅がいた。佐藤さんが駆け寄ろうとすると直毅は逃げた。だから追い駆けた。近づいたと思うとまた逃げる。やっと追いついて「はあっはあっ! 桃はいかがですっ? 岡山のおいしい白桃ですよっ」渡そうとするとあんなにあったはずの桃がカゴにひとつもない。彼が言った。「ふざけんなよっ!」


「ふざけんなよっ!」

 弟たちの喧嘩の声で佐藤さんは目が覚めた。

「うるさいなあ」

「ゆみこ、もう着くよ」

 車窓に陽光に照らされた風景。夏休み以外の季節に来たのは初めてだった。でも、どこか懐かしい感じのするのは祖父母たちが待つ町だからだろうか。
 車内は終点を間近にして、立ったり荷物をまとめたりする人でザワザワした雰囲気だ。

「お母さん、あたし桃娘になろっかな」

 佐藤さんはペロっと舌を出すと、それから「う〜ん」と言って伸びをした。

「あらあら」

「お母さんお母さん、オレきびだんご食べる。着いたら買って買って」「オレもオレも」

 新幹線は滑るようにホームに入って行く。





 始業式から戻った佐藤さんは、畑のお気に入りの桃の木まで走った。新しい学校。新しいクラスメイト。気持ちが高ぶっていた。支柱に支えられた枝ばかりの桃の木の下に座ると携帯を取り出した。

《規子、今あたし岡山にいるんだよ。びっくりでしょ。あたしもびっくりだよ――》

 瀬戸内の暖かい光が彼女に注がれる。柔らかい風に彼女の髪が頬に揺れた。

「よし」送信を終えると立ち上がった。制服のスカートの土をパンパンと払うと、

「ゆみちゃーん! 道の駅ぃ行くけどぉー、乗ってっくぁーいっ!」

 下の道に止めた軽トラの運転席から従妹(いとこ)の和美さんが声を掛けた。

「行く行くーっ!」

 春になればそこかしこの丘がピンクで染まるという桃畑。もう三月(みつき)もしないうちに畑は甘い香りに包まれるだろう。
 佐藤さんはその緩(ゆる)やかな斜面を弾むように駆け下りて行った。




<つづく>




■わたの原 八十島(やそしま)かけて こぎ出(い)でぬと 人には告げよ あまのつり舟/参議 篁(さんぎたかむら)
<口語訳>
「篁は小さな舟に乗せられて、海原はるかに多くの島じまめざしていてそこぎだして行ったよ。」
と、わたしの親しい都の人たちに知らせておくれ。
そこでつりをしているつり舟の漁夫よ。
※わたの原・・・「わた」は海、「はら」は広い所の意味で、雄大さを表す。参考URL




 わたし中国・四国地方に憧れがあります。めちゃめちゃ想像力を掻きたてられるんですね。どうやらこれは小学校時代の恩師が語ってくれた瀬戸内の海にルーツがあるようです。 

 桃農家たいへんさ→クリックでゲームができます。
 春の桃畑→クリック左の【■目次→】から入って【Vol.32】をクリック。お手間とらせます。

 今日のBGM→「この星に生まれて」
         →歌詞
         →合唱


 年齢を問わず読んでいただきたくてお目障(めざわり)かもしれませんが読み仮名を付けます。
 



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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
いいですねぇ。すごく映像的で。挿入される直毅の言葉がまた・・・。感傷的になりながら読みました(笑) 二人が再会する日、もしくはどこかですれ違うようなシーンが読みたいです^^  >すごにスピードが・・・
レイバック
2008/02/01 00:39
まだ続くんですね。
新幹線の車窓、静岡あたりは好きだな。
でも富士山はめったに見えない。
「佐藤さん」て地の文で書くとき、抵抗はないですか?僕はケータイ小説でヒロキさんて書く時少しひっかかります。主観前提だからいいんだけど慣れなくて。

ペロっと下を出す、は舌ですよね。
銀河系一朗
2008/02/01 19:07
レイバックさん、いつもありがとう。
>すごにスピードが
すぐ訂正しました。サンキュウです。
よくレイバックさんがわたしの拙い文章で映像を結んでくださるけど、それって小さい頃にたくさん読み聞かせをしてもらったのかなって思いました。だったら読み聞かせをしてくれた人にも感謝しなくては。
直毅の言葉はきっと入れてはいけないんでしょうね。脚本じゃないんだから。でも感じだけわかっていただければ……大目に見てください。
この二人は再会するんですよ。十年後くらいに。でも書く場所がないんです。もう「理想の高校生」じゃないから。で、別れ際に直毅が言うんですよ。「送るよ」って。そしたら佐藤さんが……
つる
2008/02/01 22:48
銀河系一朗さん、いつもありがとう。
富士山良く見えないと困るんですけどお!
おお、あったあったありましたよ。昔ほどではなくてもまだ見えるようです。↓ココ

http://portal.nifty.com/cs/
mitekite/detail/071214049610/1.htm

>「佐藤さん」て地の文で書くとき、抵抗はないですか?
そうか。「佐藤さん」ていうのはへんか。酒井さんとか長谷川君とかもう書いちゃったし〜

もうね。この高校生ものは文章作法が適当なことになっちゃってますんで勘弁してやってください。
そのうち、そのうちなんとか。するはずです。たぶん。つもり。かも。

>舌
サンキュウです。みなさんに助けてもらってばかりです。
つる
2008/02/01 23:08
おお、富士山リンクありがとうございます。

新幹線からじゃないですけど、私のお気に入りが三つ峠ライブカメラ。素晴らしい富士山がよく見られます。曇った日でも朝7、8時だとよいのです。
http://www.fujigoko.tv/live/camera.cgi?n=13&t=8&b=

いや地で「さん」が変じゃなくて、そこに違和感を感じる自分が古いなって感想ですよ。気にしないでいいですよ。

実は、新幹線の車内舞台に、お題書こうと企んでたんですよね。そうすれば鰻は簡単だし、
チョコレート、ガンダムを入れてなんて。
レイバックさん、その後改行多すぎですよ。
お茶目なんだから。
このままだとお笑いしか浮かばないよ(汗)
銀河系一朗
2008/02/02 15:01
銀河系一朗さん。
>三つ峠ライブカメラ
あざーす!神秘的な富士山ですね。日本人なのでベタだけど富士山好きです。
違和感かあ。最近の小説にも戸惑うことありますよ。これからはますます主観が増えるんだろうなあ。でもそういうほうが面白いんだろうなあ。
>実は、新幹線の車内舞台に、お題書こうと企んでたんですよね。
なるほど。浜松あたりで鰻弁当ですね。鰻だけよりも、うな玉丼の方が好きです。……関係ないか。
「泥の川」「蛍川」読みましたよ〜。デヴュー作だけあって、そんなにこねくりまわさなくってもいいだろという箇所もあったけれど、一気読みでしたよ。宮本輝っていつもああいうラストなのかな。なんか読後感ずっしり重いんですけど。
人って誰でもひとつは小説が書けるそうです。つまり自小説ですね。「泥の川」を読んで、彼の描いた時代とはまた10年くらい違うけど、わたしも近所にあった「バタ屋」さんの子供たちの話を書きたくなりました。
本を薦めてくださってありがとう。
つる
2008/02/03 00:47

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