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zoom RSS 「理想の高校生」おにいちゃんの夏〜前編

<<   作成日時 : 2007/08/12 18:35   >>

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photo by NEO HIMEISM
http://neo-himeism.net/


おにいちゃんの夏〜前編
 おにいちゃんの名前は松本直毅。

 今日はプールのアルバイトだ。

 直毅は高校一年の夏から近くの公営プールで、監視員のアルバイトをしている。今年はクラスメイトのじゅんぺいも一緒だ。もう一人仲の良いニイケンは夏期講習だった。
 本当なら彼らは“高校生ウルトラクイズ選手権”の本選へ進むはずだった。だけど今年は予選落ちだ。仕方がない。
 しばしくさっていたが切り替えしが早いのも高校生。それではアルバイトだと自治体の広報誌の募集で採用された。
 プールの監視員に特別な泳力は必要ない。中にはライフセーバーをめざすような猛者(もさ)もいるが、直毅もじゅんぺいも小学生の時に通ったスイミングスクールで一通り泳げる程度だ。


 公営プールなので派手なアトラクションはないが、飛び込み用プールと50メートルプールとちびっこプールと三つのプールがある。
 常勤の施設職員の他に夏季限定のアルバイトがいる。ほとんどが大学生で高校生は僅かだ。

「わあっ!」 

 歓声が上がった。
 ドボンとゴーグルをした監視員がいっせいに飛び込んだのだ。50メートルプールには二時間に一度15分足らずの休憩時間がある。客がプールから上がると、潜水しながらプールの底をくまなくチェックする。
 彼らが揺ら揺らと透けて見える。一緒になって息を止めて見ている客もいる。

「すごォーい」

 一度も呼吸をせずに向こうの淵まで行く監視員に賞賛の声が上がった。まばらな拍手も聞こえる。監視員の晴れ舞台だ。
 だが、そんな客もすぐに見ないふりをした。手すりを掴んでプールサイドに立った彼らは小さな申し訳程度の競泳用海パンとパラソルのように色塗りされたダサイ布製の帽子を身につけていたからだ。

 監視員の仕事はプールの監視台に座っているだけではない。プールの温度や塩素濃度のチェック、コースロープの張り具合やプール内の亀裂チェック、備品の貸出しや落し物探しといった裏方の仕事もある。 

 じゅんぺいは小さな海パンに『ギャランドゥかあ』と閉口していたが、愛想の良さが売店のおじさんに見込まれて、早々(はやばや)とそちらに引き抜かれてしまった。

 直毅は去年と同じくライフセーバーをめざすフリーターの飯沼さんとペアを組むことになった。
 飯沼さんはイケメンだ。プロライフセーバーの飯沼誠司にそっくりだ。というよりさらにバージョンアップした感じだ。
 そんなイケメンの飯沼さんなのに今年は彼女にふられた。“彼女いない歴=年齢”の直毅にはそれが不思議でならない。
 女性は現実的だ。いつまでも夢を追っている男と一緒では食っていけない。

 昼休憩に直毅がじゅんぺいの所に行くと、

「佐藤が来てた」と言う。

「佐藤?」佐藤はいっぱいいる。

「佐藤ゆみこ。ほら一年の時一緒だった百人一首同好会の」

「あ〜」

「あいつ今年の高校生クィーンなんだってな。しおりが言ってた」

 しおりちゃんはサッカー部の女子マネでじゅんぺいのいまのところの彼女だ。
 直毅は一年の冬休み明けの“全校百人一首カルタ大会”を思い出した。




書初めが吊るされた体育館。クラス対抗で行われる伝統の学校行事“全校百人一首カルタ大会”。
 この大会には、球技大会でサッカー部がサッカーに、バスケ部がバスケにエントリーできないように、百人一首同好会のメンバーも出場できない。中央に敷かれた緋毛氈(ひもうせん)。カルタ大会の前にあるデモンストレーションで顧問教師と袴姿の佐藤さんの対戦が行われた。
 100枚の札のうち50枚が、それぞれ25枚ずつ二人の前に並べられ、上の句が読まれるや否や佐藤さんの強烈な空手チョップが空を切った。前から五列目で見ていた直毅のところに札が吹っ飛んできた。
 薄いピンクの綸子(りんず)の着物に濃紺の袴姿の凛とした佐藤さんのたたずまい。直毅の脳裏に焼きついた。



「オレあいつ苦手」とじゅんぺい。

「あ〜」と直毅。

 それは一年の三学期ももう終わる頃の話だ。


 数学の石戸谷(いしどや)先生は、出席を取る時に返事と実際の頭数が合うまで授業を始めないという昔気質(むかしかたぎ)な、もう定年真近の小さなおじいさん先生だ。

 4時限目の数学の時間。教卓に宿題が集められると、いつものように石戸谷先生が出席をとり始めた。
 首を傾げている。一人頭数が合わないようだ。二三度繰り返すうち石戸谷先生は気がついた。

「どうやら男子生徒の中に一人で二人分お返事をしている人がおるようです」

 と言って『見つけたぞ』というふうにポンポンとポインターで出席簿を軽く叩いた。
 ポインターは先生のトレードマークだ。それは金属製の30センチほどの長さで、よく、しなる。

「女子はそのまま。男子は名前を呼ばれたら返事をして起立しなさい」

「阿部君」「ハイ」チラッ
「伊藤君」「ハイ」チラッ
「江森君」「ハイ」チラッ

 出席簿と顔を交互に確認しながら進めていく。
 出席簿は20名。『ひいふうみいよう』と起立人数を数えると19名。合わない。

 そりゃそうだ。『伊藤君』と呼ばれて『ハイ』と返事をして起立した生徒が、先生のチラ見とチラ見の合間にそおっと着席し、『新妻(にいずま)君』と呼ばれた時にまた『ハイ』と言って起立するからだ。
 クラスの中にクスクスと含み笑いが漏れる。もう授業が始まってこんなことで20分も潰している。

 三度ほど繰り返しただろうか。中には机に突っ伏してお腹がよじれるほど笑いをこらえている生徒もいる。クラスがざわついてきた。
 とうとう石戸谷先生がポインターを震わせながら一人の生徒にツカツカと歩み寄って言った。

「伊藤君」
「ハイ」
「新妻君」
「ハイ」
「伊藤君」
「ハイ」
「新妻君」
「ハイ」

 エンドレストークになりそうになった時に先生は言った。

「あなたは伊藤君ですか? それとも新妻君ですか?」

 返答に窮したその生徒は答えた。

「両方です」

 ドッとクラスが湧いた。

 ガラッと教室の後ろの入口が開いて伊藤隼が入ってきた。じゅんぺいだ。
クラス中の視線がじゅんぺいに集まった。

「遅くなりました」悪びれずにじゅんぺいは言う。

「名前を言いなさい」怒りで真っ赤になった石戸谷先生は言った。

「伊藤です」

「じゃあこちらは新妻君ですね。」先生は振り返って言う。

 黙って頷く生徒の名前は新妻健一。略してニイケン。新沼謙二ではない。

 先生はじゅんぺいに向き直って言った。

「あなたは卑怯です。クラスメイトに代返を頼んだり、だいたい遅刻してきたのだってどうせ宿題をしていないからなんでしょう」

 話が飛躍しすぎだ。

「代返は頼まれてません。オレが勝手にしました」ニイケンが言った。

 先生が何か言いかけたその時だった。

「卑怯なのは先生の方です。腹が立ったからといって八つ当たりはないと思います!」

 佐藤さんが立ち上がって言った。いつもは物静かな憂いをたたえて窓際に座っている彼女だがその整った顔立ちの眉がキリリと上がっている。

「遅刻したからといってイコール宿題をしてないとは限りません!」続けて言った。

『どうしたんだ』というようなざわめきが教室に起こった。

「では伊藤君は宿題をやってきたのですか?」

「やってません」

「ほおらごらんなさい」鬼の首でも取ったかのように先生は言った。

 ガクッ!

 佐藤さんはじゅんぺいの返事に膝が折れた。
 じゅんぺいはポカンだ。遅刻して『なんだかやけに盛りあがってるなあ』と教室のドアを開けた途端いきなり“卑怯者扱い”だった。彼にしたら何が何だか“ちんぷんかんぷん”てとこなんだろう。

 バン!

「争点がずれていると思います」

 直毅が机に両手をついて立ち上がった。

「今問題にしているのは宿題をやったとか、やってないとか、そういうことではないと思います。
 遅刻をしたからといって宿題をしてこないと決めつけてかかった先生の発言に問題がある、と言っているんです」たたみかけるように言った。

『そうだそうだ』という野次が入って騒然となった教室。もはや50分授業のうち30分以上経過している。

「授業をしてくださーい。」学年ニ位の馬場君が言った。先生受けを狙っての発言だ。彼は推薦が欲しい。

 だが学年トップの長谷川君はニコニコして事の成り行きを見守っている。本当の天才は余裕がある。馬場君はどうしても長谷川君には追いつけない。

 しばらく石戸谷先生は直毅と睨(にら)み合っていたが、やがて踵(きびす)を返して教卓へ向かった。
 先生はその体とポインターを同じくらいしならせて歩いた。うまく力が伝わっていないようなクネクネとした歩みだった。
 そして持ってきた教材と、集めた宿題をあたふたと教卓の上で重ねた。
 生徒たちはこれから何が起こるんだと固唾(かたず)を呑んで見守っている。
 先生がそれらを左脇に抱え右手にポインターを2時の方向の定位置に構えクルッと教室の前の戸口に向きを変えた時だった。

 フッと先生が消えた。

 膝カックンした小柄な先生は教卓の向こうにスッポリ隠れて見えなくなってしまったのだ。単独事故。

 もう大爆笑。

 泣いてる奴もいる。

「こ、このことは教頭先生に報告させてもらいます」

 教卓に手をついて立ち上がった先生が言った。

 もう誰も聞いちゃいねえし。

 逃げるように教室を出て行く先生を、生徒たちは更に大きな歓声と拍手で送り出した。

 ジュニア小説ならきっとここで、じゅんぺいとそれをかばった佐藤さんの間に恋が芽生えるのだろう。だけど何度も言うように現実の女子は厳しい。

 放課後、じゅんぺいは佐藤さんとそのシンパ二人に呼び出された。
 屋上に続く階段の踊り場。コクられるのかと、いそいそと呼び出しに応じたじゅんぺいは女子三名からこっぴどい洗礼を浴びた。

「信じらんない!」

「あんた宿題してないってどういうこと?」

「クラスメイトとして信じてかばったゆみこの立場はどうなるの」

「松本君のフォローがなければどうなったと思う?」

「自覚が足りないのよ」

「だいたい普段からヘラヘラしすぎ!」

「ちょっとサッカーが上手いからっていい気になるんじゃないわよ!」

 さんざんだった。




「あいつってさあ。綾瀬はるかに似てるよな」と直毅。

「まぢで? オレはしずちゃんに似てると思う。チョーこえ(恐)ぇし」とじゅんぺい。

 恋のスイッチ。直毅はとうに手をかけている。




<つづく>



ギャランドゥ へそ毛のこと 西条秀樹が芸能人水泳大会で海パンからへそ毛でてました。彼のヒット曲「ギャランドゥ」にひっかけてこういわれてますね。

ライフセーバー人命救助員。水難救助員。

飯沼誠司カッコいいですよねクリックで彼のHPへジャンプします。

女子マネ女子マネージャーの略。

緋毛氈(ひもうせん)まあいわゆるレッドカーペット?みたいな?

綸子(りんず)着物の種類で地に織りがはいっていて正装に着ます。

ポインター黒板や地図を差したりする例のあれです、あれ。

エンドレストーク終わりそうもないトーク。おばさんに多い現象。

新沼謙二ヒット曲「嫁に来ないか」の歌手。

シンパつまり仲良しさん。

コクられる告白される。告る→告白する。

綾瀬はるかTV版「世界の中心で愛を叫ぶ」のヒロインです。

しずちゃん
お笑い芸人「南海キャンディーズ」の大きな女の子です。


説明は野暮なんですけど年齢を問わず読んでもらえたらと思い付け足してみました。

8/13文章に修正あります。直毅とペアを組む監視員さんについて少々記述を変えました。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
たまたまなんでしょうが、じゅんぺいに、直毅、しずちゃんと・・うちの子の幼稚園時代のクラスメートと同名ばかりで・・(笑)

佐藤サンって言うマドンナさんがいたんだ・・もしかしてこれつるさんの思いで話なんでは?(なんて思っちゃいました)
mimi
2007/08/12 22:36
mimiさん
するどい!似たようなことありましたね。
登場人物の名前はこどもの友達から失敬してます。
今風の名前だとイメージが抱き易いと思ったからです。
期待に応えられたかなぁ。
佐藤さんがマドンナかどうかは明日つる先生が説明しちゃいます。
だってそこんところうまく書けなかったんです。とほほ。
いつもコメントありがとうございます。
つる
2007/08/13 00:02

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